球菌

球菌（きゅうきん）

球菌とは、個々の細胞がほぼ球形を示す原核生物（真正細菌や古細菌）を指す言葉です。細菌の形態に基づいた分類では、細長い形状の桿菌（かんきん）や、ねじれた形状のらせん菌と並んで基本的な区分の一つとして用いられます。この「球菌」という名称は、ラテン語で「穀物などの粒」や「木の実」を意味する「coccus」（複数形ではcocci）に由来しており、これはさらにギリシャ語の「κόκκος」に遡ります。

歴史的背景と分類上の位置づけ

微生物の発見者として知られるアントニ・ファン・レーウェンフックは、1683年にイギリスの王立協会へ送ったスケッチの中に、すでに桿菌やらせん菌らしきものとともに、球状の微生物を描いています。このことから、細菌が初めて観察された頃から、その存在が確認されていたことが分かります。細菌は単細胞生物ですが、その形状は種類によって異なり、古くから細胞の形が細菌を識別・同定、あるいは分類する上で重要な手掛かりとされてきました。特に、生理学的、生化学的、あるいは遺伝学的な分類法が発展する以前は、顕微鏡で観察できる細胞の形状は、細菌を理解する上で最も重要な情報の一つだったと言えます。2000年代に入ってからは、細菌学の分野では遺伝情報を基にした分類が主流となり、形態による分類の重要性は相対的に低下しました。しかしながら、今でも細菌を検査して種類を特定する際には重要な判断材料の一つであり、特に医科細菌学などの分野では、従来の分類名が慣習的に使われ続けています。

生息環境と病原性

球菌は自然界のあらゆるところに存在しており、その生息環境は菌種によって非常に多様です。中には、ヒトや動物の体表面、鼻や喉、消化管、尿路などに常在菌として生息している球菌もいます。また、一部の球菌はヒトに対して病原性を持ち、様々な感染症の原因となります。代表的な病原性を持つ球菌としては、グラム陽性の種類では黄色ブドウ球菌、化膿レンサ球菌、肺炎球菌（かつては肺炎双球菌とも呼ばれました）などが、グラム陰性の種類では淋菌や髄膜炎菌などがよく知られています。

細胞の形態と配列

一般的に、球菌は直径0.5マイクロメートルから2マイクロメートル程度の、ほぼ真ん丸な形をしています。菌種や生育状況によって大きさは異なりますが、長軸が5マイクロメートル以上に達することもある桿菌やらせん菌と比べると、細菌としては標準的か、やや小さいグループに属します。完全に球形のものだけでなく、腎臓のような形、半球形、三角状（ランセット形）など、様々な形状のものが存在します。一方で、桿菌の中には非常に短く、球菌によく似た「球桿菌（きゅうかんきん）」と呼ばれるものもおり、見た目だけで球菌と桿菌を区別するのが難しい場合もあります。

顕微鏡で球菌を観察すると、個々の細胞がバラバラに離れて存在するよりも、数個から数百個の細胞が集まった状態で観察されることが多いです。この細胞の集まり方、すなわち配列（arrangement）は、菌種によって特徴的なパターンを示します。球菌は、この配列の違いによって、主にレンサ球菌、双球菌、四連球菌、八連球菌、ブドウ球菌といったグループに分けられます。この配列の違いは、球菌が細胞分裂をする際の、分裂面ができる方向性や規則性によって決まります。特に、二回目（細胞が2個から4個に分裂する時）以降の分裂の性質が、最終的な配列のパターンに大きく影響します。

配列のパターン

レンサ球菌（streptococcus）と双球菌（そうきゅうきん、diplococcus）
細胞分裂が常に一方向（互いに平行な面）で起こる場合、細胞は直線状に並びます。分裂した細胞同士のくっつきやすさが強い場合は、数珠つなぎのような鎖状（連鎖状）になります。これをレンサ球菌と呼びます。一方、細胞同士の結合が弱い場合は、分裂後に二個の細胞が対になって離れた状態になります。これを双球菌と呼びます。「レンサ球菌」という言葉は、連鎖状の配列を示す球菌だけでなく、Streptococcus属（レンサ球菌属）という特定の属に属する細菌全体の名称として使われることもあります。

四連球菌（よんれんきゅうきん、tetragena、tetrad）と八連球菌（はちれんきゅうきん、sarcina）
二回目の細胞分裂の方向が一回目と直交する場合、細胞は規則正しく四個または八個に並びます。分裂面が二つの方向（例えばX軸とY軸）にできる場合や、分裂後に細胞が比較的早く離れる場合は、四個が正方形のように並んだ四連の配列になります。一方、分裂面が三つの方向（X, Y, Z軸）にできたり、分裂後の細胞が離れるのが遅かったりする場合は、八個が立方体のように並んだ八連の配列になります。

* ブドウ球菌（staphylococcus）
二回目以降の分裂面が不規則な方向で起こる場合や、四連・八連球菌のように直交する分裂面を持つ場合でも、分裂後の細胞の離れ方が不規則だと、細胞の集まり方も不規則になり、まるでブドウの房のような塊になります。このような配列を示す球菌をブドウ球菌と呼びます。レンサ球菌と同様に、「ブドウ球菌」も、ブドウの房状の配列を示す球菌だけでなく、Staphylococcus属（ブドウ球菌属）という特定の属の細菌全般を指す名称として使われることが多いです。

配列の意義と観察時の注意

このような細胞の配列の違いによる分類は、球菌に特徴的なものです。特定の球菌がどのような配列をとるかは、ほとんどの場合、菌種によって決まっています。そのため、顕微鏡で観察される配列パターンは、球菌を同定する上で重要な判断材料の一つとなります。しかし、実際に細菌を顕微鏡で観察する際には、必ずしも常に典型的な配列が見られるとは限りません。例えば、四連球菌でも、常に四個一組で見えるわけではなく、たまたま分裂した直後の一個や二個の細胞が見えたり、あるいは四個の集まりがさらに密集して、八連やブドウ状に見えたりすることもあります。このように、細菌の生育状態や顕微鏡標本の作り方、観察している視野などによって、観察される球菌の配列は変化することがあるため、総合的な判断が必要です。
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