真空地帯

小説『真空地帯』について

野間宏の小説『真空地帯』は、1952年に河出書房から刊行された長編小説です。本作は、毎日出版文化賞を受賞し、宮本顕治と大西巨人の論争のきっかけとなるなど、発表当時から大きな話題を呼びました。作者自身の軍隊経験が色濃く反映されており、戦時下の軍隊内部の異常な人間関係や理不尽な暴力が描かれています。

作品の概要

本作は、主人公である木谷一等兵が、陸軍刑務所での服役を終え、古巣の部隊に復帰するところから物語が始まります。木谷は以前、経理室で勤務していましたが、上官の財布を盗んだ疑いをかけられ、軍法会議にかけられました。彼は、刑務所での過酷な生活から解放され、部隊に戻ったものの、そこは以前とは全く異なる環境でした。

古参兵は、木谷がどこから帰ってきたのかを詮索し、彼が陸軍刑務所にいたことを知ると、班内には奇妙な空気が漂います。ある夜、木谷は監獄帰りだと揶揄した初年兵を殴りつけ、班員を整列させ、一人一人にビンタを食らわせました。木谷は、孤立した状況の中、かつての同僚を訪ねるも、敬遠されてしまいます。そして、中隊の人事係から賄賂を受け取った立沢准尉によって、木谷は野戦要員として戦地に送られることになります。この状況を把握した木谷は怒り狂い、中隊事務室で立沢准尉を問い詰め、さらには自分を刑務所に送った経理委員の中尉を殴り倒し、脱走を試みます。しかし、連れ戻された木谷は、すし詰めの輸送船で戦地へ向かうことになります。

作品の特徴

『真空地帯』の大きな特徴は、戦場ではなく、教育・訓練の場である「内務班」に、軍隊の苛烈な状況の頂点を描いた点です。軍隊内部の人間関係は非常に歪んでおり、弱い者が強い者から理不尽な暴力を振るわれることが日常的に行われています。このような状況を、作者は「真空地帯」と表現しました。この作品を通して、戦時下の軍隊という特殊な環境における人間の心理や行動が、深く掘り下げられています。

映画『真空地帯』について

小説『真空地帯』は、1952年に新星映画社によって映画化され、『眞空地帯』というタイトルで公開されました。監督は山本薩夫、脚本は山形雄策が担当し、原作のプロットを忠実に再現しています。映画は、キネマ旬報ベストテン第6位、ブルーリボン賞ベストテン第2位に選出され、高い評価を受けました。

映画版の特徴

映画版では、木谷が刑務所から出所し、部隊に復帰するシーンから始まり、その後、回想に入るという原作通りの展開が採用されています。木村功が主人公の木谷一等兵を演じ、加藤嘉、三島雅夫、利根はる恵などの実力派俳優が脇を固めています。監督の山本薩夫自身も、戦時中に兵役を経験しており、その経験が映画のリアリティを高めることに貢献しています。撮影には、終戦後も残されていた佐倉連隊の旧兵舎が使用され、作品に重厚な雰囲気を与えています。

キャスト

木谷利一郎一等兵：木村功
林中尉：加藤嘉
立沢准尉：三島雅夫
花枝：利根はる恵
金子軍曹：金子信雄
峯大尉：神田隆
曾田一等兵：下元勉
岡本法務少尉：岡田英次

その他

映画公開後には、木下順二による「ロケ隊一日入営記-ルポルタージュ"真空地帯"」や、前田実・藤原杉雄による「『真空地帯』の宣伝工作ノート」など、多くの関連文献が発表されました。また、安部公房らによる座談会も開催され、作品に対する様々な議論が交わされました。

舞台『真空地帯』について

小説『真空地帯』は、1953年に新演劇研究所によって舞台化されました。下村正夫が演出を、鈴木政男が脚色を担当し、新宿劇場で公演されました。舞台版もまた、毎日新聞演劇賞を受賞するなど高い評価を得て、大阪や京都でも公演されました。

舞台版の特徴

舞台版では、原作の持つ不条理な世界観を、どのように表現するかが焦点となりました。下村正夫の演出は、観客に戦時下の軍隊の異様さを強く印象づけ、鈴木政男の脚色は、原作の持つメッセージ性をより明確に伝えました。舞台版は、小説や映画とは異なるアプローチで、作品の魅力を引き出したと言えるでしょう。

まとめ

『真空地帯』は、小説、映画、舞台と様々な形で表現され、社会に大きな影響を与えた作品です。戦時下の軍隊という特殊な環境を舞台に、人間の心理や行動を深く掘り下げて描かれており、そのテーマは現代にも通じる普遍性を持っています。

この作品を通して、戦争の悲惨さや、権力構造の持つ問題点について、改めて考えることができるでしょう。

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