落語協会分裂騒動

落語協会分裂騒動とは

1978年に、落語協会で発生した分裂騒動は、当時の会長であった五代目柳家小さんと、前会長で最高顧問の六代目三遊亭圓生との対立が原因で起こりました。この騒動は、落語界の組織運営や真打昇進に対する考え方の違いが表面化したもので、多くの落語家を巻き込み、その後の落語界に大きな影響を与えました。

事件の背景

真打昇進を巡る対立

騒動の発端は、真打昇進に対する考え方の違いでした。圓生は、真打を「落語家としてのゴール」と捉え、実力のある者のみが昇進すべきと考えていました。一方、小さんは真打を「スタートライン」と捉え、二つ目のまま長期間滞留している落語家は、積極的に真打に昇進させるべきだと考えていました。

圓生は、1965年から1972年まで落語協会会長を務めた際、真打昇進に厳しい条件を課していました。自身が認めた実力者しか昇進させず、その結果、二つ目のまま長期間を経る落語家が多く存在していました。1972年に小さんが会長に就任すると、圓生が会長時代に二つ目のまま滞留していた落語家の処遇が課題となりました。

小さんは、理事会を協会の最高議決機関とし、多数決で意思決定を行う体制を導入しました。これにより、圓生の意向を無視して真打昇進を決定することが可能となりました。小さんは、二つ目の落語家から「真打になりたい」という希望が多かったことから、1973年に20人を真打に昇進させることを決定しました。この決定に、圓生は「安易に真打昇進させるべきでない」と反対しましたが、理事会の賛成多数で可決されました。

圓生と小さんの考え方の違い

圓生は、古典落語を重んじ、芸を磨くことを怠る落語家を嫌っていました。一方、小さんは、新作落語も積極的に取り入れ、多様な芸風を認めていました。この芸に対する考え方の違いも、両者の対立を深める要因となりました。

また、圓生は、晩年、寄席に出演することが少なくなっており、席亭との関係も疎遠になっていました。このことも、新団体設立後の席亭との交渉に悪影響を及ぼしました。

事件の勃発

1978年、小さんは再び二つ目の落語家を真打に昇進させることを決定しました。これに対して、圓生は再び反対しましたが、理事会の多数決で可決されました。圓生は、この決定に反発し、落語協会を脱退することを決意しました。

圓生の脱退に際し、弟子の三遊亭圓楽は圓生に同調し、ともに落語協会を脱退しました。さらに、立川談志もかねてより第3の団体設立を構想していたことから、圓生、圓楽とともに新団体設立に動き始めました。

圓生は、当初、単独で落語協会を脱退するつもりでしたが、圓楽、談志らの説得により、新団体「落語三遊協会」を設立することになりました。

しかし、新団体の参加者集めは難航し、有力な落語家の多くが落語協会に残留することを表明しました。さらに、席亭会議で、落語三遊協会の寄席出演が認められないことが決定したことで、圓生は大きな打撃を受けました。

落語三遊協会の設立と終焉

1978年5月24日、圓生は記者会見を開き、落語三遊協会の設立を発表しました。しかし、その直後から誤算が続き、有力な落語家の参加が見込めず、席亭の反対によって寄席への出演もできなくなりました。

結局、落語三遊協会は、圓生一門、志ん朝一門、圓蔵一門のみの小規模な団体となりました。同年6月1日、正式に発足しましたが、活動は困難を極めました。

追い打ちをかけるように、1979年9月3日、圓生が急死し、落語三遊協会は事実上崩壊しました。残された落語家たちは、落語三遊協会を解散し、落語協会に復帰しました。

分裂騒動後の落語界

分裂騒動は、落語協会に大きな影響を与えました。協会は、大量真打昇進制度を廃止し、真打昇進試験を導入しましたが、その運用は混乱し、後に廃止されました。

また、分裂騒動は、落語界にフリーランスの落語家という新しい活動形態を生み出しました。圓楽は落語協会に復帰せず、独自の一門を立ち上げ、ホールや会館での公演を中心に活動を続けました。この動きは、後の立川談志の落語協会脱退や、快楽亭ブラックらのフリーランス落語家の登場に繋がりました。

騒動の教訓

この騒動は、落語界における組織運営や真打昇進制度のあり方について、多くの問題を提起しました。圓生が主張した「真打は落語家としてのゴール」という考え方は、現在でも一部で支持されています。一方で、小さんのように「真打はスタートライン」と捉え、積極的に若手を育成することも、落語界の発展には不可欠であるという考え方も支持されています。

落語協会は、この騒動を教訓に、より良い組織運営や人材育成を目指すようになりました。この騒動は、落語界に大きな傷跡を残しましたが、その後の落語界の発展に繋がる貴重な経験となったと言えるでしょう。

分裂騒動の当事者たち

この騒動の中心人物であった圓生は、騒動終結から間もなく急死しました。他の当事者たちも高齢化が進み、多くがすでに鬼籍に入っています。

主要な人物

六代目 三遊亭圓生：落語協会前会長。真打昇進を巡り、小さんと対立し、落語協会を脱退。落語三遊協会を設立。
五代目 柳家小さん：落語協会会長。圓生と対立し、真打大量昇進を推進。
三遊亭圓楽 (五代目)：圓生の弟子。圓生とともに落語協会を脱退。落語三遊協会設立に協力。
立川談志：落語協会理事。圓生、圓楽とともに落語三遊協会設立に協力。後に落語協会を脱退。
橘家圓蔵：圓生の弟分。落語三遊協会に参加。
三代目 古今亭志ん朝：圓生を支持し、落語三遊協会に参加。後に落語協会に復帰。
金原亭馬生：圓生と親交があったが、落語協会に残留。
林家三平：圓蔵の弟子でありながら、圓生が率いる新団体に移籍しても冷遇されると判断し落語協会に残留。
三遊亭さん生：圓生の弟子であったが、圓楽の不信感から新団体には不参加。
三遊亭好生：圓生の弟子であったが、圓生から疎まれており、新団体に不参加。
川柳川柳：三遊亭さん生の改名後。
春風亭一柳：三遊亭好生の改名後。
三遊亭圓丈：圓生の弟子。分裂騒動を分析した著書を出版。
六代目 三遊亭円楽：五代目圓楽の弟子。

圓生一門のその後

圓生一門は、分裂騒動後、解散状態になりましたが、圓楽は落語協会に復帰せず、自身の「円楽一門会」を立ち上げました。一方で、圓生の直弟子たちは、落語協会に復帰した後も、それぞれ複雑な事情を抱えながら活動を続けました。

圓丈は、分裂騒動の内情を暴露した著作『御乱心』を発表し、圓楽を批判しました。しかし、近年になり、圓丈と円楽一門会との交流も再開し、合同落語会も開催されるなど、和解の動きも見られるようになりました。

圓生の名跡

圓生の名跡は、現在も空き名跡のままです。過去に、圓楽が弟子の鳳楽に継がせようとした動きや、圓丈が名乗りを上げたこともありましたが、実現には至っていません。圓生の名跡を巡る動きは、落語界の歴史における一つの象徴として、今後も注目されるでしょう。

予言映画「春だドリフだ全員集合!!」

1971年に公開された映画『春だドリフだ全員集合!!』では、圓生と小さんが本人役で出演しており、落語協団幹部が旅館で会合を開き、圓生が弟子の真打昇進を提案する場面があります。この場面は、後の落語協会分裂騒動を予見しているかのように見えることから、話題となりました。この映画を再発見したのは快楽亭ブラックであり、2007年に再上映されました。

まとめ

落語協会分裂騒動は、落語界の組織運営や真打昇進制度に対する考え方の違いが表面化した、複雑な事件でした。この騒動は、多くの落語家を巻き込み、その後の落語界に大きな影響を与えました。しかし、その一方で、落語界に新しい活動形態を生み出し、落語の多様性を高めるきっかけにもなりました。この騒動は、落語界の歴史における重要な出来事として、今後も語り継がれていくでしょう。

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