親分

親分（おやぶん）

親分とは、血縁上の親子関係を模倣して構築された主従関係において、親にあたる立場の人物を指す言葉です。これに対し、子にあたる立場は子分（こぶん）と呼ばれます。このような擬似的な親子関係は、単なる契約的な主従関係を超え、強い情誼と規範によって結びつけられることが特徴です。

日本における親分と子分

日本の歴史において、このような擬似親子的な主従関係は様々な形で存在しました。中世には、正規の主従関係に加えて、上位者が下位者に対して保護を提供し、下位者が奉仕を行う「寄親（よりおや）・寄子（よりこ）の制」が見られました。また、武家の元服の儀式で烏帽子（えぼし）をつけさせた「烏帽子親（えぼしおや）」も、親代わりとして重要な位置を占めました。

近世に入ると、こうした慣習は武家社会から民間にも広がり、親方と弟子、主人と奉公人といった関係が、しばしば擬似的な親子関係として捉えられるようになりました。これは、家という共同体を基盤とした当時の社会構造と深く結びついています。

現代においても、親分・子分に類する関係性の名残は、伝統芸能における家元制度での襲名や、相撲界における相撲部屋での師弟関係、さらには年寄株制度などに見て取れます。しかし、かつてのように社会の広範に見られるわけではなく、明確な親子関係を組織の基盤としているのは、主に非合法組織であるやくざの世界に限定される傾向にあります。

やくざ組織における親分

博徒やてきやといった、いわゆるやくざの世界では、組織の正式な構成員となるためには、組長や上位者との間で「盃事（さかづきごと）」と呼ばれる儀式を行い、親子分関係や兄弟分関係を結ぶのが原則です。特に親子盃は重要視され、伝統的な口上では「たとえ実の親があろうとも、今日ここに親子の縁を結んだからは、親（親分）が白と言えば黒いものでも白と言い…」といった言葉が述べられることがあります。これは、子分が親分に対して絶対的な服従を誓うことを意味します。

一方、親分には子分を我が子のように保護・養育する責任が求められます。この関係性は、家父長主義的な側面が強く、親分の指導や命令は絶対であり、子分はこれに従うことで組織内での立場や保護を得ます。同じ親分から盃を受けた子分同士は「兄弟分」となり、親分の兄弟分は「おじ貴」などと呼ばれ敬われます。

地域における親分子分慣行

やくざ組織だけでなく、かつては日本各地の特定地域、特に山梨県をはじめとする中部地方を中心とした地域では、実の親子以外の有力者との間で擬似的な親子関係を結ぶ「親分子分慣行」が存在しました。このような慣行におけるオヤ（親）はコ（子）に対して、経済的な支援や社会的な庇護を提供し、コはオヤに対して労働奉仕や様々な支援を行うといった互助的な関係が結ばれていました。これは、地域の共同体における安定や結束を保つ機能も果たしていたと考えられます。

やくざ以外の用例

過去には、やくざ以外でも、世話になっている人物や影響力のある人物に対し、親愛や尊敬の念を込めて「親分」と呼ぶことがありました。しかし、現代においては、こうした用例は少なくなっており、むしろ権威的な人物や強引な人物を揶揄したり、親しみを込めた愛称として使われたりする例がほとんどです。プロ野球界では、元監督の大沢啓二氏が「大沢親分」、その師である鶴岡一人氏が「鶴岡親分」と呼ばれたことが有名です。

また、「親分」という直接的な呼び方ではないものの、かつて日本の政治において、自由民主党の派閥の長が派閥メンバーから「オヤジ」と呼ばれることがありました。特に田中角栄元首相は、その強力なリーダーシップと派閥への影響力から「オヤジ」として知られていました。田中派の有力議員であった金丸信氏が、前述のやくざの盃事における口上を彷彿とさせるような、トップへの絶対服従を示す発言をしたことも語り草となっています。

海外の類似例

海外にも、擬似的な家族関係を基盤とした人間関係や組織構造が見られます。

中国では、伝統的に「孝」が絶対的な徳目とされ、親への義務が他の何よりも優先されるため、義兄弟の縁が結ばれることは多いものの、日本のような擬似親子関係は比較的少ないとされます。しかし、歴史的には唐末や五代十国時代のような混乱期に、軍閥の長が配下の有力者を「仮子（かし）」とする例が見られました。

カトリック圏、特に南イタリアなどでは、新生児の洗礼式に立ち会う代父母（名親、ゴッドペアレント）が、その子の成長を見守り、親代わりとなる風習があります。地域の有力者が代父母となることが多く、マフィアが根を下ろした地域では、マフィアのボスが代父（ゴッドファーザー）として地域住民との関係を築き、彼らを支配しつつも保護するという独特の構造を生み出す例が多く見られます。

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