野点傘

野点傘（のだてがさ）は、日本の伝統文化である茶道において、屋外で行われる茶会、すなわち野点に欠かせない存在として用いられる、特別な和傘です。晴れた日の日除けとしてはもちろん、少々の雨をしのぐため、また、茶席の空間を定め、趣を演出するために用いられます。

その歴史は古く、特に戦国時代の終わり頃に開かれた北野大茶湯の記録にその名を見ることができます。この大茶会において、茶人の丿貫（へちかん）が、簡素ながら趣のある茶席を設けた際に、印象的な朱色の傘を立て、周囲を葦垣で囲いました。この設えは、茶会の主催者であった豊臣秀吉を大いに感銘させ、丿貫は諸役を免ぜられるという特権を与えられたと伝えられています。この時使用されたのが、後の野点傘に繋がる存在であったと考えられています。

野点傘には、その形状や用途によって主に二つの種類が存在します。

妻折（つまおり）

この形式は、もともと高貴な身分の人々や高僧に差し掛けるために使われていた大きな和傘を原型としています。最大の特徴は、傘を開いた際に骨の先端、すなわち「爪」の部分が内側に向かって緩やかに曲がっている点です。この「爪を折る」という形状は、万が一傘が倒れたり揺れたりした場合でも、周囲の人々、特に傘の下にいる貴人を傷つけることがないように配慮されたものです。

また、傘の内側には、骨と骨とを繋ぐように五色の鮮やかな糸がかがられています。この五色の糸は、単なる装飾ではなく、古来より魔除けの意味を持つとされています。さらに、このかがり糸は傘全体の構造的な強度を高め、骨にかかる負担を分散させる役割も果たしています。これにより、骨が破損するような事態が起きた場合でも、傘全体が崩れ落ちるのを防ぎ、その下にいる人を守る機能も兼ね備えています。歴史的な記録によれば、北野大茶湯で豊臣秀吉を喜ばせた丿貫の傘は、この妻折傘であったと伝えられています。

本式野点傘（ほんしきのだてがさ）

もう一つの主要な形式が本式野点傘です。これは比較的歴史が新しく、1952年（昭和27年）に裏千家第十四代家元である淡々斎宗匠によって考案されました。この傘は、当時の皇太子（現在の天皇陛下）の成年を祝う茶会を催すにあたり、より機能的で、より多くの場面で使いやすい野点用の傘として生み出されたものです。この時、野点用の新しい点前である「御園棚（みそのだな）」も同時に考案されています。

本式野点傘は、普段私たちが目にするような日常使いの番傘（ばんがさ）を、そのまま大きくしたような形状をしています。妻折傘とは異なり、傘を開いた際の骨の先端はまっすぐに伸びており、内側にかがり糸による装飾や構造的な補強は見られません。そのため、よりシンプルで合理的な構造となっています。

このように、野点傘は単なる日除けや雨除けの道具ではなく、茶道の精神や歴史、そして美意識が込められた工芸品と言えます。屋外の自然の中で茶を点てるという野点の趣を深め、また、茶席の場を荘厳に演出する重要な役割を担っています。

もう一度検索