あすなろ物語

『あすなろ物語』は、井上靖が『オール讀物』に1953年に連載した長編小説です。新潮文庫版は、井上作品の中で最も多く発行されており、彼の代表作の一つとして広く知られています。この作品は、著者の自伝的な要素を含んでおり、少年時代から青年期にかけての主人公の成長を描いています。

概要

『あすなろ物語』は、井上が1950年に『闘牛』で芥川賞を受賞した翌年、毎日新聞社を退社し、本格的に文芸活動を開始した初期の作品です。自伝的な作品群として知られる『しろばんば』、『夏草冬濤』、『北の海』と並び、作者自身の人生経験が色濃く反映されています。物語は、小学校時代を描いた「深い深い雪の中で」、中学校時代を描いた「寒月がかかれば」、そして九州帝大時代を描いた「漲ろう水の面より」の三つの主要な時期で構成されています。これらの各編は独立性が高く、短編集のように読むこともできます。

各編について

物語は、全部で6編から構成されています。

深い深い雪の中で：小学校時代を舞台に、雪深い田舎での生活が描かれています。この時期は、同じく井上の自伝的小説である『しろばんば』と時期が重なります。
寒月がかかれば：中学校時代を舞台に、思春期の少年が抱える葛藤や、淡い恋心が描かれています。この編は『夏草冬濤』と時代が重なります。
漲ろう水の面より：九州帝大時代を舞台に、青年期の主人公が自身の将来や進路について深く考える姿が描かれています。この時期は、『北の海』で描かれる高校受験浪人時代よりも後の時代です。
春の狐火：結婚適齢期の主人公の心情が描かれています
勝敗：結婚後の主人公の苦悩が描かれています
星の植民地：戦争末期の時代を背景に、明日に希望を持てなくなった人々の姿が描かれています。主人公の結婚の時期は、「勝敗」の後、「星の植民地」の前とされていますが、井上自身の結婚は、京都帝大在学中、毎日新聞社入社前であり、作品とは異なっています。

文学的な特徴

井上靖の文学の特徴として、作品には詩的な表現が散りばめられています。

深い深い雪の中で：「トオイ、トオイ山ノオクデ、フカイ、フカイ雪ニウズモレテ、ツメタイ、ツメタイ雪ニツツマレテ、ネムッテシマウノ、イツカ。」という印象的なフレーズが、作品の幻想的な雰囲気を醸し出しています。
寒月がかかれば：「寒月ガ　カカレバ君ヲ　シヌブカナ　アシタカヤマノ　フモトニ住マウ」という短歌は、主人公の心情を象徴的に表現しています。
漲ろう水の面より：「貴方は翌檜でさえもないじゃありませんか。翌檜は、一生懸命に明日は檜になろうと思っているでしょう。貴方は何にもなろうとも思っていらっしゃらない。」というセリフは、主人公の将来への迷いを表しています。
春の狐火：「いいえ、わたしは反対の方へ走りましたの。ご一緒の方向へ逃げていたら・・・。よくそんなことを考えます。でも、ああいう場合は、神さまのお指図ですもの、仕方ありませんわ。」という言葉は、人生における偶然性や運命について考えさせられます。
勝敗：「皮肉ではない。実際、僕はそう思っていたんだ。これでもか、これでもかと、やっつかたつもりなんだが、いつも、どうも勝ったような気がしなかった。不思議だよ、君という人間は。」というセリフは、人間関係の複雑さを表しています。
星の植民地：作品中で「明日は何ものかになろうというあすなろたちが、日本の都市から全く姿を消してしまったのは、Ｂ29の爆撃が漸く熾烈を極め出した終戦の年の冬頃からである。日本人の誰もがもう明日と言う日を信じなくなっていた。」という描写は、戦争によって人々が希望を失った状況を示しています。

映画化

1955年には、東宝によって映画化されました。堀川弘通が監督を務め、脚本は黒澤明が担当しました。モノクロ、スタンダード、108分の作品で、山内賢が子役として出演しています。

スタッフ

製作：田中友幸
原作：井上靖
脚本：黒澤明
撮影：山崎一雄
美術：河東安英
音楽：早坂文雄
録音：下永尚
照明：石井長四郎
監督：堀川弘通

出演者

鮎太（12歳）：久保賢（山内賢）
鮎太（15歳）：鹿島信哉
鮎太（18歳）：久保明
冴子：岡田茉莉子
加島：木村功
留吉：伊藤隆
雪枝：根岸明美
住職：小堀誠
玲子：久我美子
竹内：高原駿雄
木原：小山田宗徳
江見：太刀川洋一
佐山：金子信雄
玲子の母：村瀬幸子
とみ：浦辺粂子

テレビドラマ化

『あすなろ物語』は、1961年と1962年の2度にわたり、NHK総合テレビで単発ドラマ化されました。1961年版は『こども名作座』で放送され、1962年版は『文芸劇場』で放送されました。

1961年版

脚本：筒井敬介
演出：安井恭司
出演者：亀井雅敬、村田貞枝、清川新吾
語り：亀井勝一郎

1962年版

脚本：筒井敬介
演出：安井恭司
出演者：八千草薫、長谷川明男、長谷川哲夫、新克利、丘悠子、日野麻子、安藤千恵夫、鬼頭昭夫

テレビアニメ化

1986年には、日本テレビ系列の『青春アニメ全集』でテレビアニメ化されました。

外部リンク

あすなろ物語 - ウェイバックマシン（2016年3月26日アーカイブ分） - 東宝WEB SITE 資料室
あすなろ物語 - 国立映画アーカイブ
あすなろ物語 - KINENOTE
あすなろ物語 - allcinema
あすなろ物語 - 日本映画データベース
* Asunaro monogatari - IMDb

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