いい旅チャレンジ20,000km

1980年代、日本の鉄道ファンや旅行愛好家たちを魅了した一大キャンペーンが「いい旅チャレンジ20,000km」です。これは、当時の日本国有鉄道（国鉄）が企画し、1980年 3月15日から10年間の期間、すなわち1990年 3月14日まで実施されました。この企画の最大の目的は、約20,000キロメートルに及ぶ国鉄の全旅客営業鉄道路線、開始当初242線区の全てに実際に乗車し、「完乗」を達成することにありました。

キャンペーンの genesis と目標

このキャンペーンが生まれた背景には、紀行作家・宮脇俊三氏のベストセラー『時刻表2万キロ』の影響があったとされています。広大な鉄道網を「乗りつぶす」という行為が注目を集める中で、国鉄自らがそれを公式なチャレンジとして打ち出した形です。国鉄は、この企画を通じて40万人もの参加者を集め、75億円の増収に繋がることを期待していました。

十年間の道のりと成果

キャンペーンが進行する中で、国鉄は1987年に分割民営化され、JRグループへと移行しました。キャンペーン自体はそのまま引き継がれ、当初の予定通り10年間を完遂しました。この期間には、特定地方交通線に指定された多くのローカル線が廃止され、対象となる路線数はキャンペーン終了時には167線区へと減少しました。

実際の参加者数は、目標には届きませんでしたが、「5万5千人以上」がエントリーしました。特筆すべきは、完乗を達成した人々の数です。主催者側は10年間で5人程度の達成者を想定していましたが、実際にはキャンペーン開始からわずか5ヶ月で最初の達成者が出現し、最終的には約1500人もの参加者が全線完乗を果たしました。達成者の最高齢は80歳、単独での最年少は12歳であり、幅広い層が挑戦したことが分かります。また、複数回完乗を達成した強者もおり、個人最多記録は5回でした。

企画の裏側と認定方法

キャンペーンの実施にあたっては、国鉄内部から懸念の声も上がっていました。それは、同時期に進められていた国鉄再建法に基づくローカル線廃止の動きとの関連でした。一部路線の廃止を検討している中で、他の全路線に乗車を推奨するという方針が、「矛盾している」と感じられたためです。こうした議論が、企画の発表まで時間を要した一因とも言われています。

完乗や路線踏破を認定するためのルールは明確でした。参加者は、各路線の起点駅と終着駅で、自分自身と駅名標が一緒に写った記念写真を撮影し、これに乗車日などの必要事項を記載した所定の申告書を添えて事務局に送付します。これにより「踏破」と認められ、事務局から踏破記録認定証と認証シールが発行されました。踏破した線区数に応じて記念品も提供されました。証明方法については、当初駅員や乗務員のサインを得る案もありましたが、現場の負担を考慮して写真申告制となりました。認定対象となる「路線」は、国鉄およびJRの正式な線路名称に基づくものでしたが、実際の列車運行や路線の状況に応じて特例も設けられました。例えば、起点・終着駅が貨物駅である、末端区間がバス代行となっているといった特殊な事情のある路線については、実態に合わせて認定対象駅が変更されました。新幹線は当初から1路線としてカウントされましたが、鉄道連絡船は対象外でした。また、大阪環状線のように起点と終着駅が同じ路線では、例外的な対応が取られるなど、詳細なルールが設定されていました。

参加者支援と表彰

キャンペーン参加者には、「チャレンジカード」と呼ばれる会員証が発行され、これを利用して提携先のホテルの割引などが受けられました。また、一部の駅には、記念写真撮影用に「顔出し看板」が設置され、旅の思い出作りをサポートしました。キャンペーンの情報や参加者の体験談は、鉄道雑誌の誌上で紹介され、参加者間の交流の場ともなりました。

達成度に応じた表彰制度も設けられていました。10線区、20線区といった区切りの良い線区数を踏破するごとに賞状が授与され、特に30線区以上では、登録した最寄り駅の駅長から記念品と共に手渡されるという栄誉が与えられました。50線区、80線区、100線区、150線区と上位の賞が設定され、全線完乗達成者には最高位の「総裁賞」（JR移行後は社長賞）が贈られました。副賞については、初期の豪華なものから、後に抽選による旅行券などに変更されました。

メディアミックスと関連グッズ

「いい旅チャレンジ20,000km」は、メディア展開も活発でした。キャンペーン名を冠したテレビ番組がフジテレビ系列で放送され、旅のドラマを描くドキュメンタリーや、後にクイズ番組としても親しまれました。

また、弘済出版社からは公式ガイドブック『ときめきの踏破パスポート』が発売され、ルール説明や記録用の白地図などが収録されました。このキャンペーンに挑戦する少年を主人公にしたコミック『チャレンジくん』や、完乗者の体験記も出版されるなど、関連商品も多数展開されました。バンダイやエポック社からは、キャンペーンをテーマにしたボードゲームも発売され、家庭でも鉄道旅行の雰囲気を楽しむことができました。

影響と legacy

「いい旅チャレンジ20,000km」は、単なるマーケティング戦略を超え、多くの人々に鉄道旅の魅力を再発見させ、「乗りつぶし」という趣味の認知度を高める上で大きな役割を果たしました。この成功は、後年、JR各社が同様の全線踏破やポイント収集といった旅行促進キャンペーンを実施する際のモデルケースともなりました。現代のスマートフォンを利用した位置情報ゲームなどにも、その精神は受け継がれていると言えるでしょう。このキャンペーンは、日本の鉄道文化史において、忘れられない一ページとして記憶されています。

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