かわいそうなぞう

かわいそうなぞう：戦争と犠牲の物語

『かわいそうなぞう』は、児童文学作家土家由岐雄が太平洋戦争下の東京・上野動物園を舞台に、ゾウの殺処分という悲しい現実を描いた作品です。この物語は、戦争という非情な状況下で、動物たちが人為的に命を奪われたという事実を、子供にも理解しやすい形で伝えています。

物語は、戦争が激化する中、空襲による猛獣の脱走を危惧した軍部が上野動物園の猛獣殺処分を決めたことから始まります。ライオンやクマ、トラなどが次々と殺されていく中、ゾウのジョン、トンキー、ワンリー（花子）だけが生き残ります。しかし、毒入りの餌や毒針による殺処方も失敗し、最終的には餌と水を絶たれ、ゾウたちは餓死するという残酷な結末を迎えます。

この物語の背景には、戦争による食糧不足や空襲の恐怖があります。動物園職員も殺処分に反対しましたが、当時の厳しい状況の中では、彼らの意見は聞き入れられませんでした。ゾウたちは餌をもらうために必死に芸をしますが、その努力もむなしく、ジョン、ワンリー、トンキーの順に力尽きていきます。空には敵機が飛び交い、飼育員たちは戦争への怒りをあらわにします。トンキーとワンリーの胃には、最期の一滴の水も残されていなかったという事実も、物語の悲惨さを際立たせています。

上野動物園における猛獣の殺処分は1943年9月1日に終了しました。実際には「大規模な空襲が始まったから処分した」のではなく、「空襲に備え事前に手をうった」という歴史的事実があり、物語の描写とは時間的なずれがあります。ジョンは8月29日、ワンリーは9月11日、トンキーは9月23日に餓死しました。特にトンキーは最後まで生き延びたのは、飼育員が水を与えていたためです。そして、慰霊祭当日も、トンキーは象舎の中で衰弱した姿で読経を聞いていました。

『かわいそうなぞう』は1951年に童話集に収録された後、1970年に絵本として出版され、大きな反響を呼びました。1998年までに100万部、2005年には220万部を超える発行部数を記録し、小学校の教科書にも採用されるなど、広く読まれました。1979年には英訳版も出版されています。

この物語は、秋山ちえ子さんがラジオ番組で毎年終戦記念日に朗読するなど、長年にわたり多くの人々に愛され続けてきました。また、テレビドラマやその他の作品にも影響を与え、戦争の悲惨さを伝える教材として活用されています。

しかし、『かわいそうなぞう』は、その描写の正確性について議論を呼ぶことにもなりました。児童文学評論家の長谷川潮さんは、物語が戦争における動物虐殺の持つ真の意味を十分に伝えていないと批判し、戦争をテーマにした児童文学作品の問題点を指摘しました。この批判はNHKのドキュメンタリー番組制作にも繋がり、戦争下の動物たちの悲劇を改めて検証する動きにつながっています。

『かわいそうなぞう』は、単なる動物の物語ではありません。戦争の残酷さ、人間の非情さ、そして動物たちの無念さを描いた、多くの人々に考えさせられる作品です。戦争によって犠牲になった動物たちへの鎮魂歌であり、二度とこのような悲劇を繰り返さないための警鐘でもあると言えるでしょう。この物語は、今もなお、私たちに重い問いを投げかけています。

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