たった独りのあなたのために

概要

『たった独りのあなたのために』は、1985年12月24日に日本テレビ系列の「火曜サスペンス劇場」枠で放映された、単発のテレビドラマ作品である。

本作は、通常のドラマとは一線を画し、その大部分が生放送で制作されたという画期的な形式をとった。

クリスマス・イヴの夜、チャリティ特別番組の生放送を控えたテレビ局を舞台に、一本の怪電話が巻き起こす緊迫の人間ドラマを描いている。物語は東京都内のテレビ局を中心に、札幌、横浜、名古屋の4か所を結んで展開する。

あらすじ

物語は、クリスマス・イヴの華やいだ雰囲気の中、チャリティ特番の準備に追われるテレビ局で展開する。この番組で、新人歌手の奈々井純子が自作曲でデビューする予定だった。番組終了後に退職を決めているアシスタントディレクターの相川涼子は、忙しく立ち回っていた。

放送開始のわずか1時間前、涼子のもとに一本の脅迫電話がかかってくる。電話の主は、純子のデビュー曲が盗作であり、もし純子が出演すれば抗議のために自殺すると告げる。

純子は、電話の主がかつて同棲していた三島宅次であることを涼子に明かすが、楽曲の盗作は強く否定する。

混乱に陥るテレビ局。純子を出演させるか否かの究極の決断を迫られた結果、札幌にいる宅次と東京のテレビ局をテレビ電話で繋ぎ、生放送中に純子に盗作を認めさせるという異例の約束のもと、番組はスタートする。しかし、生放送のカメラの前で、純子は自作曲であることを改めて主張し、そのままテレビ局から姿を消してしまう。

涼子は、札幌で成り行きを見守る宅次に対し、純子の歌は他ならぬ彼のために作られたものだと懸命に説得を試みる。涼子の言葉に宅次の怒りは次第に静まっていく。そこへ現れた純子は、涙を浮かべながらも、かつて愛したただ一人の男性のために、渾身の歌を歌い上げるのだった。

キャストとスタッフ

主要キャストとして、主人公であるアシスタントディレクターの相川涼子を岸本加世子が、脅迫電話をかける三島宅次を松村雄基が、デビューを控えた新人歌手・奈々井純子を刀根麻理子が演じた。その他、小林克也、蟹江敬三、伊武雅刀、山本耕一、柳生博らが出演し、ドラマに重厚感を与えている。

スタッフは、原案を島田荘司（「糸ノコとジグザグ」より）、脚本を今野勉、演出を石橋冠が務めた。音楽は木森敏之が担当した。

製作の舞台裏

本作が生放送形式で制作された背景には、脚本を担当した今野勉の特別な思いがあった。彼がテレビ局に入社した1950年代後半には、ドラマ制作の約半分が生放送で行われていたという。今野は、その時代の生放送ドラマの原点に立ち返りたいという考えを持っていた。

また、テレビというメディア自体を主題としたドラマがほとんど存在しなかったことも、製作の動機の一つとなった。今野と演出の石橋冠は、これら二つの発想を結びつけ、テレビ局内部の人間模様を生放送という極限状況下で描くという企画を立ち上げた。特に、番組への脅迫電話というストーリー展開に、生放送ならではの予測不能な緊迫感を加えることが狙いだった。

企画の提案から放送まではわずか2ヶ月ほどと、非常に短期間で制作が進められた。ドラマの約8割が生放送で行われ、メイクアップルームでのシーンなど、一部のみが事前に録画された。これは2時間ドラマとしては初めての試みであり、「火曜サスペンス劇場」の歴史においても唯一の生放送作品となった。

作家の鳥山拡は、過去の生放送ドラマとして、NHKが1955年に制作した1時間の『追跡』（東京・大阪計4か所を結んだ）との類似性を指摘している。

作中では、当時まだ一般的ではなかったテレビ電話による遠隔地との接続シーンが登場する。これを実現するため、技術的には非常に複雑な手法が用いられた。会話する人物を映すカメラに加え、テレビ視聴者向けに両者をワイプなどで同時に映すカメラ、さらにテレビ局内の様子を捉えるカメラが必要だったため、通常のドラマ制作で使われる4台程度を大幅に上回る約30台ものカメラが使用された。

評価と反響

脚本の今野勉は、本作の制作過程について、スタッフの計り知れない緊張感と進行上の困難があったことを振り返っている。しかし、番組としては概ね成功裏に終わったと評価している。生放送ならではのハプニングはほとんどなく、出演者が緊張で台詞をわずかに間違える程度にとどまった。

視聴率は約16%と極めて高い数字ではなかったが、当日の同時間帯では最高の視聴率を記録した。

新人歌手役で演技初挑戦となった刀根麻理子について、今野は「非常な存在感」「歌が良くないとドラマが成り立たない」「歌い方が生の強さをよく表していた」と高く評価している。

一方で、視聴者からの反響は限定的で、「生放送であることに、ドラマとして一体どんな意味があるのか」といった声も聞かれたという。今野は、ニュースやバラエティ番組で生放送が普及した結果、視聴者にとって生放送であること自体の珍しさや、それによって生まれるはずの緊張感が薄れてしまったのではないかと分析している。この経験から、ドラマにおいて生放送という形式が有効な手段となるのはどのような状況なのか、という新たな課題を認識したと述べている。

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