なんとなく、クリスタル

『なんとなく、クリスタル』について

田中康夫が1980年に発表した『なんとなく、クリスタル』は、日本のポストモダン文学の先駆けとされる小説です。この作品は、1980年に第17回文藝賞を受賞し、翌1981年には第84回芥川賞の候補にもなりました。略称は「なんクリ」として親しまれ、2014年には続編の『33年後のなんとなく、クリスタル』が登場し、ロバート・キャンベルの命名によってそれぞれ「もとクリ」「いまクリ」と呼ばれるようになりました。

概要と売上

本書は田中が一橋大学法学部の学生だった頃に書かれたデビュー作で、売り上げは100万部を超え、田中の著作の中で最大発行部数を誇ります。作品は、東京に住む女子大生兼ファッションモデルの由利を中心に展開され、1980年代の流行や文化をユニークな視点から描写しています。登場するブランドやレストラン、学校名などは、東京での裕福な若者だけが理解できる固有名詞で構成され、442個の注釈や詳細な分析も加えられており、その膨大さが話題となりました。

作品の終わりには、少子高齢化を証明するためのデータが引用されており、田中はその意図についても語っています。注釈は本作とその続編にのみ存在し、後の著作には引き継がれていません。ただ、初期作品集『ぼくたちの時代』には注釈つきの随筆が含まれています。

文壇の反応

当時、本作は「ブランド小説」と称され、多くの女子大生たちは「クリスタル族」として名付けられました。この独特な文体に対しては文壇内で議論が交わされ、江藤淳などがその芸術性を称賛する一方、作品内容を軽視する見解も存在しました。田中は自身の作品に関して「頭の空っぽな女子大生がブランド物を持ち歩いている小説」と厳しく評価する意見に触れ、作品が単なるブランド志向を描き出しただけだと指摘しました。

また、田中は特に作品の注釈が過度に注目されていることを不満に思っており、実際には作品の結末に記載した出生率のデータと合わせて論じた批評は殆ど見当たらなかったことを憤慨しています。

映画化とその影響

『なんとなく、クリスタル』は流行語となり、映画化される際には多くの映画会社がその権利を求める競争が繰り広げられました。最終的に松竹が映画化権を獲得し、1981年に制作されました。音楽はCBSソニーがプロデュースし、日本映画において初めて著名な洋楽が使用された意義のある作品となりました。しかし、映画自体は期待に反し観客を魅了することができず、興行的には失敗に終わりました。田中は映画制作には一切関与せず、パンフレットへのコメント提供にとどまりました。

あらすじ

物語は、由利が青山の高級マンションでシドニー勤務の両親が不在の間、同棲相手の淳一と生活し、彼女がファッションモデルとして四十万円の収入を得る様子から始まります。一方淳一はプロのミュージシャンとして全国を飛び回る日々を送っており、彼らの生活は華やかでありながらも、心の深みや自己と向き合う瞬間を持っています。由利は、ある夜に出会った男性・正隆と関係しようとしますが、淳一との関係を思い返し、満足を得ることができません。物語は由利の内面的葛藤を描き、やがて両親からの帰国通知が届くことで新たな展開を迎えます。

続編とそのテーマ

本作から32年後、2013年に田中は『33年後のなんとなく、クリスタル』を発表しました。続編では、由利と再会した「僕」が二人の会話を通じて進行し、注釈や新たなデータも交えられています。一つの作品を通じて、社会や個人の変化への視点を提供している点が、田中康夫の作風を際立たせています。

書誌情報とその他

『なんとなく、クリスタル』は河出書房新社から1981年に刊行され、以降も様々な形態で再版されています。また、電子書籍版も1994年頃に発売され、今でも幅広く愛されています。

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