ほ座デルタ星

ほ座δ星は、南天に輝く明るい2等星の一つです。広大なほ座の中で、特徴的な「ニセ十字」と呼ばれる星の並びを形作る重要なメンバーでもあります。この星は、一見単独の星に見えますが、実際には少なくとも四つの恒星から成る複雑な多重星系であることが分かっています。

この星系の中心は、視等級1.99等の主星Aと、それに続く5.57等の伴星Bです。両者は約143年の周期で公転しています。主星A自身は、視等級2.33等のAaと3.44等のAbという二つの星からなる分光連星であり、約45日の周期で互いを隠し合う「食連星」でもあることが1978年に明らかになりました。
また、主星A・Bのペアから見かけ上1.5度ほど離れた5.75等の星Fは、AB星系と物理的な関連が示されています。
一方、AB星系から見かけ上近くに見える他の星（例えば14.9等のCや13.5等のD）は、重力的な関係がない見かけの二重星と考えられています。14.7等のEが連星系に属するかどうかも不明です。

ほ座δ星が持つもう一つの興味深い特徴は、その明るさがわずかに変化する変光星であることです。この性質は、1989年に木星探査機「ガリレオ」がこの星を見失ったことから疑われ始めました。後の1997年、アマチュア天文家による観測が、主星Aが約45日の周期で微量に減光する食変光星であることを実証しました。肉眼で見える明るい星の変光が長年見落とされていたという事実は、天文学界に驚きを与え、明るい恒星の中にもまだ知られていない変光星が潜んでいる可能性を示唆しました。

ほ座δ星の主星Aaには、現在「Alsephina（アルセフィナ）」という国際天文学連合（IAU）によって認められた固有名があります。この名前は、アラビア語で「船」を意味する「al-safinah」に由来し、古代のアルゴ船全体を指す言葉でした。この名称は、10世紀のアラビア語訳されたプトレマイオスの「アルマゲスト」に登場し、古くからこの星に関連付けられていました。
中国の伝統的な天文学では、「天社」という星官に属し、「天社三」と呼ばれています。
かつて「Koo She（弧矢）」という名称で言及されることもありましたが、これには混乱があります。本来中国の「弧矢」星官は、おおいぬ座やとも座の境界付近の星々で構成され、ほ座δ星とは異なる位置にありました。西洋への紹介の過程で、誤ってほ座δ星を含むアステリズムとして伝えられた可能性があると考えられています。

もう一度検索