むつ (原子力船)

日本初の原子力船「むつ」：開発から現在まで

「むつ」は、日本の原子力開発史における重要な一隻です。1968年に着工し、1969年に進水した日本初の原子力船であり、原子炉を動力源とする数少ない船として、世界で4番目に建造されました。当初は観測船として計画され、名称は一般公募によって、進水時の母港である青森県むつ市にちなんで名付けられました。

開発の経緯と初期の期待

1963年に建造計画が決定し、日本原子力船開発事業団が設立されました。進水式には皇太子ご夫妻が出席し、記念切手が発行されるなど、国民の期待は非常に大きなものでした。しかし、その後の道のりは決して平坦ではありませんでした。

放射線漏れ事故と漂流

1974年、太平洋上での出力上昇試験中に、原子炉上部の遮蔽リングから放射線漏れが発生しました。放射性物質の漏洩ではないものの、マスメディアによって大きく報道され、地元住民の不安を煽りました。その結果、帰港を拒否され、洋上を漂流するという事態に陥りました。

佐世保での改修と地元との軋轢

1978年、長崎県佐世保市での修理が決まりましたが、地元住民や労働組合の反対運動が起こりました。佐世保重工業が改修工事を請け負うことで経営を立て直すという意図もありましたが、風評被害を恐れる声は根強く、抗議船団が「むつ」を取り囲む事態となりました。

新母港建設と試験航海

その後、長い協議の末、むつ市の関根浜港を新母港とすることが決定し、「むつ」は1988年に入港しました。1990年には低出力運転試験や試験航海を実施し、1991年には船舶と原子炉の合格証を得ました。1年間の試験航海では、原子力で地球2周以上の距離を航行し、その操舵性の良さが実証されました。

海洋地球研究船「みらい」へ

1992年に全ての航海を終え、解役された「むつ」は、1995年に原子炉室を撤去し、海洋科学技術センター（現・海洋研究開発機構JAMSTEC）に船体が引き渡されました。その後、ディーゼルエンジンに換装され、海洋地球研究船「みらい」として新たな役割を担っています。

展示施設での公開

換装時に取り外された操舵室や制御室、撤去された原子炉室は、むつ科学技術館で展示されています。稼働実績のある原子炉を一般公開しているのは世界で唯一であり、原子力開発の歴史を伝える貴重な資料となっています。

設計の安全性

「むつ」の設計には、万が一の事故に備えた安全対策が施されていました。大型タンカーが衝突しても原子炉にまで到達しない強度設計や、沈没時に海水の圧力で早期に格納容器に海水を導入する設計、そして、転覆しても制御棒が外部に抜けない設計など、当時の技術水準における最高の安全性が追求されていました。

「むつ念書」と九州新幹線

「むつ」の佐世保修理受け入れの見返りとして、九州新幹線西九州ルートの優先着工が約束されました。この約束は「むつ念書」として記録され、長崎県の発展に寄与するはずでした。しかし、その後の計画変更により、佐世保市を経由しないルートが決定し、2022年に部分開業しました。

「むつ」を題材とした作品

西村京太郎のミステリー小説『原子力船むつ消失事件』や、『ブラック・ジャック』、『沈黙の艦隊』など、数多くのフィクション作品にも「むつ」が登場しています。これらの作品は、原子力に対する国民の関心と不安を反映したものであり、その存在の大きさを物語っています。

各国の商用核動力船

「むつ」以外にも、ソ連の原子力砕氷船「レーニン」や、アメリカの原子力貨客船「サヴァンナ」、西ドイツの原子力鉱石運搬船「オットー・ハーン」など、各国の商用核動力船が存在しました。これらの船は、原子力技術の可能性を示すものでしたが、経済性や安全性の問題から、その数は限られています。

原子力船「むつ」は、日本の原子力開発の黎明期における希望と苦難を象徴する存在です。その経験は、今後の原子力開発に活かされるべき教訓として、後世に語り継がれていくことでしょう。

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