やなぎ (ゲイバー)

戦後の夜を彩ったゲイバー「やなぎ」：日本のゲイ文化史における足跡

1950年、東京都港区新橋の烏森神社境内に、日本のゲイ文化史に大きな足跡を残すことになるゲイバー「やなぎ」が誕生しました。店主は島田正雄氏（通称：お島さん）でした。1989年に閉店するまで、多くの著名人や、後に日本のゲイバー業界を牽引する人物たちが集う、時代を象徴する場所となりました。

「やなぎ」は、戦後日本で最初に誕生したゲイバーであると紹介されることも多く、『サービスの達人たち』（新潮文庫、旧タイトル「日本のおかま第一号」）でもそのように記述されています。しかし、戦前にもゲイバーやゲイクラブが存在したという説や、江戸時代には「陰間茶屋」と呼ばれる類似の店があったという記録も残っており、単純に「初」と断言することはできません。

戦前の状況については、歌舞伎役者の女形がこっそりと小さな店を経営していたという証言も残されています。そのため、「やなぎ」は、戦後のゲイ文化の黎明期において、その存在を広く知らしめ、後の発展に大きく貢献したと言えるでしょう。

「やなぎ」には、後の六本木で有名なゲイバー「吉野」を経営する吉野寿雄氏（吉野のママ）や、銀座でゲイバーを開業した青江忠一氏（青江のママ）といった、日本のゲイバー業界を代表する人物たちが、若かりし頃働いていたという事実がその重要性を物語っています。1955年には銀座8丁目にも支店を出し、そこを本店とするほどに発展を遂げました。

「やなぎ」には、数多くの著名人が訪れました。作家・江戸川乱歩氏、フランスの俳優・アラン・ドロン氏、ファッションデザイナーのピエール・カルダン氏とイヴ・サンローラン氏、そして日本の芸能界を代表するミヤコ蝶々氏、京塚昌子氏、美川憲一氏、デヴィ夫人など、多様な分野の著名人がその華やかな雰囲気に惹きつけられたようです。

1960年代には、新宿二丁目の千鳥街に「やなぎ」という名前の飲み屋があったという記録も残されています。女装家で性社会史研究家の三橋順子氏によると、千鳥街の地図にその名前を確認できるそうです。しかし、新橋の烏森神社にあった「やなぎ」と同一の店かどうかは、現在のところ不明です。当時、千鳥街にはいくつかのゲイバーが集まっており、風俗誌にも紹介されていたことから、ゲイ文化が形成されつつあった様子が伺えます。

「やなぎ」は、単なるゲイバーとしてだけではなく、戦後の日本のゲイ文化を象徴する場所として、その歴史的意義を評価すべきでしょう。多くの著名人が訪れ、後の業界を担う人材を輩出した「やなぎ」は、日本のゲイ文化の発展に大きく貢献したと言えるでしょう。その存在は、戦後日本の社会状況や、マイノリティの文化形成を考える上で、貴重な歴史的資料として捉えるべきでしょう。今後の研究において、より詳細な記録の発掘と分析が期待されます。

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