ん廻し

古典落語の演目の一つである『ん廻し』は、時に『運廻し』とも呼ばれます。この噺は、最初から最後まで通しで演じられることは稀で、多くの場合は前半部分が『寄合酒』として、後半部分が『田楽喰い』として、それぞれ独立した演目として親しまれています。

この噺のルーツは上方落語にあり、明治時代になって東京へ移入されました。そのさらに大元となる話は、1628年（寛永5年）に著された古い笑話集『醒睡笑』に収められている「児の噂」という一編に見出すことができます。

『ん廻し』、特に『寄合酒』は、代々の桂春団治師匠が十八番とした噺としてよく知られています。また、上方では六代目笑福亭松鶴師匠が、そして東京では六代目三遊亭圓生師匠が、それぞれ得意ネタとして舞台にかけていました。

あらすじ

寄合酒

物語は、ある夏の暑い日に始まります。町内の若い者たちが暑さをしのぐために集まり、皆で酒盛りをしようと盛り上がります。しかし、酒や肴を買うお金がほとんどありません。そこで、それぞれが家から何かを持ち寄ることにしますが、残念ながら集まったのは、まるで料理の心得がない男ばかり。

ここから、彼らの珍妙な行動によるドタバタ劇が繰り広げられます。ある者は、底に穴を開けた徳利を桶に入れ、酒屋で酒を注がせて、桶にたまった酒だけを持ち帰ろうとします。別の者は、道端で拾ってきたと言う味噌や塩の包みに、店の伝票がくっついたまま。さらに、乾物屋の子供から鰹節を騙し取った男は、その使い方が分からず、削って煮出しただし汁は捨て、出がらしを肴にしようとします。棒鱈や数の子を盗んできた連中も、それぞれ削ったり煮崩したりして台無しに。山芋をぬか味噌に漬け込んだり、犬が魚屋から盗んだ鯛を横取りするも、その鯛を結局犬に食べさせてしまう者まで現れます。

結局、持ち寄った食材のほとんどは使い物にならず、頼みの酒もお燗番が全部飲んでしまい、酒宴は完全に失敗に終わります。呆然とする男たちが騒いでいると、ちょうど焼きあがった味噌田楽を持った豆腐屋が通りかかります。兄貴分がこの田楽を肴に、皆で少しずつお金を出し合って酒を飲むことを提案しますが、間の悪い男の一言で話がこじれ、兄貴分を怒らせてしまいます。しかし、騒動の末には、なんとか皆で酒にありつくことができるのでした。

田楽喰い

気を取り直した兄貴分は、開店したばかりの豆腐屋の商売がうまくいくようにと、あるゲームを提案します。それは、「『ん』の付く言葉を一つ言うごとに、田楽を一枚もらえる」というユニークなルールです。

食い気に駆られた仲間たちは、一生懸命に頭を捻り、「にんじんとだいこん」「まんきんたんのかんばん」といった具合に、「ん」を含む言葉を次々と発します。そんな中、一人の男が「少なくとも30枚はもらうぞ」と大見得を切ります。そして、まるで呪文のように長いフレーズを二度も早口で唱え、実に86枚もの田楽を見事せしめます（「先年（せんねん）、神泉苑（しんぜんえん）の門前（もんぜん）の薬店（やくてん）、玄関番（げんかんばん）、人間半面半身（にんげんはんめんはんしん）、金看板銀看板（きんかんばんぎんかんばん）、金看板『根本万金丹』（きんかんばんこんぼんまんきんたん）、銀看板『根元反魂丹』（ぎんかんばんこんげんはんごんたん）、瓢箪看板（ひょうたんかんばん）、灸点（きゅうてん）」）。

これを見た別の男が、負けじと「そろばんを用意しろ」と叫び、火事の現場を思わせるような擬音語を次々と並べ始めます。兄貴分はこれを聞いて呆れ顔。「おい、こいつには焼けてない生の田楽を食わせろ」と命じます。男が文句を言うと、兄貴分はすかさず、「今の言葉は火事の真似だろう。火事場では田楽を焼く暇なんかないから、生のままが一番ふさわしい」と、頓智の効いた一言で締めくくり、一同を笑わせるのでした。

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