アイヌ墓地盗掘事件

アイヌ墓地盗掘事件

アイヌ墓地盗掘事件は、幕末の慶応年間に箱館駐在の英国領事館員がアイヌ民族の墓地を盗掘し、遺骨を不正に持ち去った事件です。この行為は外交問題に発展し、最終的には遺骨の返還と慰謝料の支払いという形で解決しました。しかし、返還された遺骨は偽物であった可能性が指摘されており、事件の真相には未だ不明な点が多く残されています。

事件の経緯

森村墓地の盗掘

慶応元年（1865年）9月、箱館在駐英国領事フランシス・ハワード・ワイスは、領事館員らを渡島国茅部郡森村に派遣し、アイヌ墓地から男女2体ずつの遺骨を盗掘させました。領事館員らは、地元住民にキツネ狩りに行ったと偽って墓地を荒らし、遺骨を持ち帰りました。事件は当初、大きな問題には発展しませんでした。

落部村墓地の盗掘

同年10月、領事館員らは再び落部村のアイヌ墓地を盗掘し、13基の墓から遺骨を奪いました。この盗掘は、たまたま通りかかった和人の村民に目撃され、事件が明るみに出ることとなります。盗掘を目撃した村民は、アイヌの子供に知らせ、子供から話を聞いたアイヌたちが箱館奉行所に訴え出ました。

小出大和守による追及

箱館奉行の小出大和守秀実は、訴えを受け直ちに英国領事館に交渉を申し入れました。ワイス領事は当初、事件への関与を否定しましたが、小出大和守の追及により、領事館員らの関与が明らかになります。奉行所は関係者の取り調べを行い、盗掘の事実を突き止めようとしましたが、英国側は協力的ではありませんでした。また森村での盗掘も発覚し、事態はより複雑化しました。

遺骨返還交渉と慰謝料支払い

小出大和守は、粘り強い交渉を続け、最終的に英国側から遺骨の返還と慰謝料の支払いを取り付けることに成功しました。しかし、英国側が返還したのは、数個の頭蓋骨や下顎骨のみで、奉行所は盗掘されたものではないと判断しました。

翌慶応2年（1866年）英国側はワイスを罷免し、後任としてエイベル・ガウワーを箱館領事に任命しました。ガウワーは紳士的な態度で臨み、アイヌに対する慰謝料250両と諸経費の支払いで合意しました。同年4月には、ガウワーが森村と落部村にて慰謝料を支払い、法要を行いました。

しかし、森村遺骨の返還は一向に果たされませんでした。後任の杉浦兵庫守がガウアーに遺骨返還について問いただすと、英国側は先に支払った慰謝料によって遺骨を購入したと主張。兵庫守がこれに抗議すると、ガウアーは「上海にあるアイヌ遺骨を箱館に輸送しているところ」と返答しました。翌19日に遺骨の返還が行われ1年7か月に及ぶ交渉が終了しました。

事件の真相

事件は一応の解決を見たものの、返還された遺骨は偽物であった可能性が指摘されています。阿部正己らは、遅れて返還された森村遺骨は上海で入手した偽物で、本物の森村遺骨は盗掘直後にイギリスに送付されていたと主張しています。

また、事件後、イギリスの解剖学者によってアイヌ人骨の研究が行われ、複数のアイヌ人骨がイギリスに存在していたことが判明しています。これらの人骨が、盗掘された遺骨である可能性も否定できません。埴原和郎は、返還されたはずの落部村遺骨も偽物であった可能性を指摘しています。

事件の背景には、当時のヨーロッパにおける進化論研究の隆盛があり、イギリス政府が学者からの要請を受け、アイヌ人骨の収集を指示したという説も存在します。事件は、単なる盗掘事件として片付けることのできない、複雑な歴史的背景を抱えていると言えるでしょう。

関連項目

北大人骨事件
ウポポイ

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