アイルランドに平和を

「アイルランドに平和を」（Give Ireland Back to the Irish）

概要

「アイルランドに平和を」、原題を「Give Ireland Back to the Irish」というこの楽曲は、1972年にポール・マッカートニーが新たに結成したバンド、ウイングスが発表した記念すべきファーストシングルです。同年2月25日にリリースされ、バンドの船出を飾る作品となりました。

楽曲の背景

この曲は、ポール・マッカートニーのキャリアにおいては比較的珍しい、明確な政治的・社会的主張を含むプロテストソングとしての性格を持っています。楽曲のタイトルが示す通り、「アイルランドをアイルランド人に返せ」という強いメッセージが込められています。

その背景には、長年にわたる北アイルランド問題があります。1922年にアイルランド自由国が成立し、島の大部分がイギリスから独立した後も、北アイルランドはイギリス領として残されました。これにより、主にカトリック系のアイルランド系住民と、プロテスタント系のスコットランドやイングランドからの移民の子孫との間で、根深い対立が続いていました。

こうした緊張状態が続く中、1972年1月30日には、北アイルランドのロンドンデリーで悲劇的な事件が発生しました。非武装の市民権デモ隊に対し、イギリス軍が発砲。これにより13人の市民が死亡、多数の負傷者を出したこの出来事は、後に「血の日曜日事件」（Bloody Sunday）として世界中に衝撃を与えました。

制作とリリース

母方のルーツをアイルランドに持つポール・マッカートニーは、この凄惨な事件の報道に強い衝撃を受けました。彼は事件への憤りと悲しみから、すぐさま行動に移します。なんと、事件発生からわずか1日でこの曲を書き上げると、その翌日にはスタジオに入り、ウイングスのメンバーと共にレコーディングを敢行したのです。

当初、ウイングスとして初めてリリースするシングルは、アルバム『ワイルド・ライフ』にも収録されたミッキー＆シルヴィアのカバー曲「ラヴ・イズ・ストレンジ」を予定していました。しかし、「血の日曜日事件」を受けて、ポールはこの「アイルランドに平和を」に急遽差し替え、メッセージ性の強い楽曲をバンドの第一声とすることを決断しました。

この曲は、ギタリストのヘンリー・マカロックがウイングスに正式加入して、初めてレコーディングに参加した楽曲としても記憶されています。彼のギタープレイは、楽曲に力強さを加えています。

評価と反響

「アイルランドに平和を」は、その露骨な政治的主張ゆえに、発表当時大きな議論を巻き起こしました。特に事件の当事国であるイギリスでは、BBCをはじめとする主要な放送局の多くが、この曲に対し放送禁止という措置を取りました。これは、楽曲の持つメッセージが政府の立場と対立すると見なされたためです。

チャートアクションを見ると、イギリス国内では放送禁止の影響もあってか16位という結果に留まりましたが、アメリカのビルボード・ホット100でも21位と健闘しました。そして何よりも、アイルランド共和国では見事チャートの首位を獲得し、人々の共感を呼んだことが伺えます。さらに、日本（当時の洋楽チャート）やスペインでも1位を記録するなど、国際的にも一定の成功を収めました。

かつてのバンドメイトであり、当時はポールとの間に確執が囁かれていたジョン・レノンも、この曲についてコメントを残しています。彼は歌詞の一部を「幼すぎる」と批判しつつも、ポールがこうした社会的なテーマに触れたこと自体は「歓迎すべきことだ」と肯定的な評価も示しており、当時の音楽シーンにおける本楽曲の注目度の高さがうかがえます。

収録と演奏者

このシングルは、ウイングスのオリジナル・スタジオ・アルバムには残念ながら収録されませんでした。しかし、後にリリースされた『ポール・マッカートニー・コレクションシリーズ』において、アルバム『ワイルド・ライフ』のCD版にボーナストラックとして追加収録され、多くのファンが改めて聴くことができるようになりました。

楽曲の演奏には、以下のメンバーが参加しています。

ポール・マッカートニー: ボーカル、ベースギター、エレキ・ギター
リンダ・マッカートニー: バッキング・ボーカル、キーボード
デニー・レイン: バッキング・ボーカル、エレキ・ギター
ヘンリー・マカロック: エレキ・ギター
* デニー・シーウェル: ドラムス

「アイルランドに平和を」は、単なるロックソングとしてだけでなく、北アイルランドの歴史的な悲劇とそれに呼応したアーティストの強い意志を示す作品として、現在も記憶されています。

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