アゴヒゲアザラシ

アゴヒゲアザラシ（Erignathus barbatus）

アゴヒゲアザラシは、アザラシ科アゴヒゲアザラシ属に分類される海棲哺乳類です。その名の通り、顎（あご）ではなく上唇から生える発達したヒゲが特徴です。

分布

北極圏を中心に、北緯80度以南の北極海周辺からベーリング海、オホーツク海、大西洋のセントローレンス湾にかけて広く分布しています。特にアラスカ海域には、その個体数の約半数が生息しているとされています。総個体数は約50万頭と推定されています。

形態

アゴヒゲアザラシは、北極海に生息するアザラシの中では最大級であり、体長は200cmから260cm、体重は200kgから360kgに達します。体色は淡灰色から暗褐色で、模様はほとんどありません。体に対して頭部が小さいことも特徴の一つです。他のアザラシ類とは異なり、アゴヒゲアザラシは単独でアゴヒゲアザラシ属に分類されます。これは、日本近海に生息する他の4種のアザラシ（ゼニガタアザラシ、ゴマフアザラシ、クラカケアザラシ、ワモンアザラシ）がゴマフアザラシ属に属するのとは対照的です。

生態

アゴヒゲアザラシは単独行動を好み、流氷が移動する比較的浅い沿岸域を主な生息地としています。春から夏にかけては流氷と共に北へ移動し、秋から冬にかけては南へ移動します。北海道では、流氷域で少数の子供が見られることがありますが、成獣の目撃は稀です。そのため、過去に東京都の多摩川や徳島県の那賀川に出現した個体は非常に珍しいケースとして話題になりました。

天敵としては、ホッキョクグマやシャチなどが挙げられます。アザラシ類の中でも潜水能力に優れており、水深50mから200mの海底でカニ、エビ、貝などの底生無脊椎動物やタラなどの底生魚を捕食します。これらの獲物は、口で吸い込むようにして捕らえられます。

性成熟はメスが5歳から6歳、オスが6歳から7歳で、繁殖期は春です。4月には氷上で一頭の子供を産みます。生まれたばかりの子供は体重が約35kgあり、既に防水性の毛と10%近い皮下脂肪を持っているため、すぐに親と共に海に入り、泳ぎ始めることができます。これは、生まれたばかりのタテゴトアザラシが産毛で覆われ、皮下脂肪も少なく、10日ほど経ってから海に入るのとは対照的です。交尾は5月に行われ、この時期にはオスが喉を膨らませて水中で鳴き声を上げ、メスに求愛します。この鳴き声は、一年のうちの数週間だけ聞かれます。アゴヒゲアザラシの寿命は25年から30年程度です。

人間との関係

20世紀初頭には、オホーツク海に約23万頭のアゴヒゲアザラシが生息していましたが、ソ連による捕獲によって大きく減少しました。その後、捕獲数に規制が設けられた結果、1980年代初めには約19万頭まで回復しました。近年では、2002年に東京都の多摩川に出現したアゴヒゲアザラシが「タマちゃん」と名付けられ社会現象を巻き起こしました。また、2005年には徳島県の那賀川に「ナカちゃん」が現れましたが、翌年死亡が確認されました。日本では、海洋堂の食玩チョコQでフィギュア化されるなど、その人気を反映した商品も登場しています。

参考文献

Ronald M. Nowak, "Walker's Mammals of the World", Baltimore: Johns Hopkins University Press, 1999. ISBN 0801857899
和田一雄・伊藤徹魯, 『鰭脚類 : アシカ・アザラシの自然史』, 東京大学出版会, 1999年, ISBN 4130601733
和田一雄編著, 『海のけもの達の物語 : オットセイ・トド・アザラシ・ラッコ』, 成山堂書店, 2004年, ISBN 4425981316
斜里町立知床博物館編, 『知床のほ乳類』, 斜里町教育委員会, 2000年, ISBN 4894530813

関連項目

タマちゃん
ナカちゃん

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