アシナガバエ

アシナガバエとは

アシナガバエ（足長蝿）は、ハエ目（双翅目）アシナガバエ科 (Dolichopodidae) に属する昆虫の総称です。世界中に広く分布しており、約240属7000種が含まれています。オドリバエ上科の中で最も種数の多い科であり、双翅目全体で見ても非常に多様なグループの一つです。和名に「ハエ」と付きますが、実際にはアブにより近縁です。

名称の由来

学名の Dolichopodidae は、ギリシア語の dolichos（長い）と podos（脚）を組み合わせたもので、アシナガバエの成虫の細長い脚に由来します。この特徴は、英語では long-legged flies、ドイツ語では langbeinfliegen と呼ばれるなど、各国の名称にも反映されています。

分類

従来、アシナガバエ科は単系統の科とされ、17亜科を含むとされていました。しかし、その後の分類見直しにより、ネジレオバエ亜科 (Microphorinae) と Parathalassiinae 亜科が分離されました。そのため、アシナガバエ科を広義（sensu lato, s.l.）に解釈する場合はこれら2亜科を含みますが、狭義（sensu strico, s.str.）に解釈する場合は含みません。

アシナガバエ科には世界で約240属7000種が記録されており、ヨーロッパでは65属約900種、日本では12属約60種が記録されています。ただし、分類学的な研究はまだ十分に進んでおらず、実際の種数は15000種に達する可能性も指摘されています。日本にも未記録種を含めて約500種が生息していると推測されています。化石種も多数発見されており、暁新世から中新世にかけての地層から記録されています。

広義のアシナガバエ科には以下の17亜科が含まれます。

Medeterinae 亜科
Hydrophorinae 亜科
Rhaphiinae 亜科
Pelastoneurinae 亜科
Diaphorinae 亜科
Chrysotinae 亜科
Argyrainae 亜科
Dolichopodinae 亜科
* Steninae 亜科

このうちネジレオバエ亜科と Parathalassiinae 亜科を除く15亜科が、狭義のアシナガバエ科に分類されます。

形態

成虫

狭義のアシナガバエ科に含まれる種は、光沢のある金緑色や黄褐色の体色を持つものが多いです。その他、藍青色や銅色の種もおり、まれに黄色や黒色の体色の種もいます。一方、広義のアシナガバエ科に含まれるネジレオバエ亜科と Parathalassiinae 亜科の種は、暗灰色など比較的落ち着いた体色をしています。

成虫の体長は約0.8-9.0mmですが、広義のアシナガバエ科に含まれる2亜科の種は1-3mmとやや小型です。これらの亜科と狭義のアシナガバエ科に含まれる種との形態的な違いとしては、翅の形状や翅脈などが特に顕著ですが、口器や触角、生殖器の形状にも差異が見られます。

頭部は半球状で、複眼は雌雄ともに離れて位置します。複眼の間にある単眼三角区には3つの単眼があります。剛毛式的な特徴としては、単眼剛毛が2本、後頭頂剛毛が2本、頭頂剛毛が通常2本あります。触角は3節からなり、短い形状をしています。触角第3節の背面か先端からは、2節の刺毛が生じます。

翅脈は単純で、脈の数は比較的少ないです。オドリバエ科と比較すると、第二基室（bm）が中室（d）と融合している点、r-m横脈が翅の基部近くから生じている点、肘室が極めて小さい点などが異なります。

雄の交尾器は大きく、腹部下側に位置します。交尾器の先端は前方に向かって曲がっています。

幼生

アシナガバエの幼虫は白色の円筒形で、12の体節から構成されます。腹部第1-7節は1対の匍匐帯を持ち、腹部末端節には4つ以上の葉状突起があります。また、末端節の背側には気門と刺毛束があります。

蛹は繭に覆われることもあります。頭胸部背面には1対の大きな呼吸管があります。腹部背板には通常、棘の横列があります。肛節は種によって異なりますが、丸みを帯びているか、1対の刺を持つかのいずれかです。

生態

アシナガバエの成虫は草地などでよく見られ、特に湿気のある場所を好みます。種によって生息環境は異なりますが、濡れ落ち葉の上や水たまり周辺、林縁の下草の葉上、樹幹などで見られます。また、イソアシナガバエ属やムモンイソアシナガバエ属など、海岸の岩礁域に生息する種も存在します。

幼虫は渓流付近の石の上や水たまりなど、水中で生活します。ただし、幼生に関する研究はまだ十分に進んでいません。

成虫期の食性は昆虫食で、他の節足動物を捕食します。幼虫は捕食性の種と腐食有機物を食べる種がいます。ただし、Thrypticus 属の種は例外的に植物の茎に産卵し、幼虫はその植物を餌とします。

人間との関係

アシナガバエは屋内に侵入してくることもありますが、体長が小さく、目立った害を及ぼすことはほとんどありません。

むしろ、農作物に被害をもたらすアブラムシやアザミウマ、ダニなどを捕食するため、農業においては益虫として重要な役割を果たしています。

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