アシナガバチ

アシナガバチとは

アシナガバチは、ハチ目スズメバチ科に分類されるアシナガバチ亜科（Polistinae）に属するハチの総称です。英語圏では「Paper wasp」（紙のハチ）と呼ばれており、これは枯れた植物繊維などを唾液と混ぜ合わせて作る巣の質感が紙に似ていることに由来すると考えられています。

アシナガバチ亜科は、世界には4族26属1000種以上が確認されており、非常に多様なグループです。そのうち、日本国内には2族3属12種が生息していることが知られています。私たちの身近な場所でよく見られる代表的な種としては、アシナガバチ属のセグロアシナガバチ、キアシナガバチ、フタモンアシナガバチなどが挙げられます。特に都市部や市街地では、他の種よりやや小柄なコアシナガバチの姿を目にすることが多くあります。これらのアシナガバチ属に加え、日本ではホソアシナガバチ属とチビアシナガバチ属がそれぞれ2種ずつ分布しています。

主な種類

日本やヨーロッパでよく見られる主なアシナガバチ類を紹介します。

セグロアシナガバチ（Polistes jokahamae）：体長20-26mmの大型種。体は黒を基調とし、黄褐色の斑紋が特徴です。本州以南の各地に広く分布し、市街地でもよく見られます。北海道での営巣例も確認されています。万が一刺されてしまった場合は、速やかに医療機関（皮膚科など）を受診することが推奨されます。
キアシナガバチ（Polistes rothneyi）：セグロアシナガバチと並ぶ大型種で、体長は同じく20-26mm程度です。日本ではほぼ全国に分布しており、黒い体色に黄色が目立つ模様をしています。アシナガバチの中では比較的攻撃性が高い傾向があります。
フタモンアシナガバチ（Polistes chinensis）：体長14-18mmの中型種。腹部に黄色い二つの紋を持つことから、その名がつきました。市街地でよく見られ、植物の茎や垂直な壁面などに、巣房が横向きになるように巣を作ることが多いのが特徴です。
コアシナガバチ（Polistes snelleni）：体長11-17mmの小型種。全体的に地味な色合いですが、人家の近くよりも林の中の低木の枝先や大きな葉の裏などに、反り返ったような大型の巣を作ることが多いです。日本では九州以北に分布しています。
キボシアシナガバチ（Polistes nipponensis）：幼虫が作る繭が鮮やかな黄緑色をしているのが特徴的な種です。
ヤマトアシナガバチ（Polistes japonicus japonicus）：環境省のレッドリストにおいて、情報不足（DD）のカテゴリーに指定されています。
ヨーロッパアシナガバチ（Polistes dominula）：体長11-17mmの小型種で、ヨーロッパ原産の外来種です。人家にも巣を作り、市街地でもよく見られます。
ヒメホソアシナガバチ（Parapolybia varia）：ホソアシナガバチ属に属し、体長約15mm。この属のハチは腹部の第2節と第3節の間に細いくびれがあり、アシナガバチ属よりもほっそり見えます。木の枝などに、巣房が垂直方向に伸びる細長い巣を作ります。奄美大島以北に分布しています。
* オキナワチビアシナガバチ（Ropalidia fasciata）：チビアシナガバチ属に属し、体長約10mmと非常に小型です。この属も腹部にくびれがあります。開けた草むらなどに巣を作ることが多く、奄美大島以南に分布しています。

形態と食性

アシナガバチは、同じスズメバチ科であるスズメバチと多くの生態的特徴を共有しています。例えば、幼虫の餌として他の昆虫の肉を与える点などが共通しています。しかし、アシナガバチはスズメバチに比べて体が細身で小型であり、単体での攻撃力は劣ります。

主な狩りの獲物は、チョウやガの幼虫、つまりイモムシやケムシ、アオムシといった毛のない軟体性の幼虫です。捕獲した幼虫は、強力な顎で細かく噛み砕き、肉団子状にして巣に持ち帰り、幼虫の餌とします。また、肉食だけでなく、ヤブガラシのような花の蜜を好んで吸う姿もよく観察され、特に花序が似たウイキョウなどの蜜を好む傾向があります。

巣の構造もスズメバチと異なります。スズメバチの巣が光沢のある丈夫な外皮に覆われているのに対し、日本に生息するアシナガバチの巣には外皮がありません。むき出しの巣房が集まった巣盤の形状は、しばしばハスの実（花托や果托）に例えられます。巣の材料も独特で、多くのスズメバチが枯れ木などの木部繊維や朽木を利用するのに対し、アシナガバチは樹皮の内側の繊維（靭皮繊維）を主材とし、これに唾液に含まれるタンパク質などを混ぜ合わせて使用します。この素材はスズメバチの巣材よりも強靭であり、スズメバチの巣が「洋紙」に例えられるのに対し、アシナガバチの巣は「和紙」に例えられることがあります。

生態

アシナガバチが作る巣の大きさは種によって異なり、熱帯地方には直径30cmを超える巨大な巣を作る種も知られていますが、日本の種が作る巣の直径は通常10cm程度です。女王蜂は、春先の4月から5月頃になると単独で巣作りを開始します。比較的低い位置にある、乾燥した物陰や木の幹などに初期の巣を数個の巣房から作り始め、すぐに産卵します。卵から孵化した幼虫は、働き蜂によって与えられる餌で成長し、約20日ほどで蛹を経て成虫になります。

巣は成長するにつれて巣房の数を増やし、蓮の実のような形状で100以上の巣房を持つこともあります。中央部分で育った幼虫が巣立って空いた巣房には、再び女王蜂によって卵が産み付けられます。しかし、ミツバチのように巣に大量の蜜を蓄えるようなことはありません。

多くの種では、秋が深まる11月頃になると、その年に生まれた働き蜂は全て一生を終えて死んでしまいます。新しい女王蜂だけが、落ち葉の下や朽木の中などで冬を越し（越冬）、翌春に新たな巣作りのサイクルを開始します。作られた巣はその年に一度だけ使用され、翌年に再利用されることはありません。

アシナガバチの天敵としては、同じスズメバチ科のハチが挙げられます。しばしばスズメバチの襲撃を受け、巣の幼虫を持ち去られたり、巣自体が破壊されたりする被害に見舞われることがあります。特にヒメスズメバチは、アシナガバチにとって大きな脅威となる天敵です。

人間との関わり

刺傷被害

アシナガバチは腹部の先端にある毒針を用いて、人などを刺すことがあります。しかし、その性質はスズメバチに比べて比較的おとなしいとされており、巣をいたずらに刺激したり、ハチを素手で捕まえようとしたりしない限り、積極的に人を攻撃してくることはほとんどありません。人に刺傷被害が発生するのは、主に子供が巣にちょっかいを出したり、物干し竿や洗濯物、植木などに紛れ込んでいるアシナガバチに気づかずに、不用意に触れてしまったりする場合が多いようです。

アシナガバチの毒はスズメバチに比べて弱いとされていますが、毒そのものによって命を落とすケースは稀です。しかし、過去にハチに刺された経験がある人は、アナフィラキシーショックという重篤なアレルギー反応を引き起こす可能性があるため、特に注意が必要です。統計的には、アシナガバチに刺されて死亡するケースは、数千人に一人程度の確率とされています。

駆除

アシナガバチの巣が生活圏にできてしまった場合、駆除が必要になることがあります。駆除を試みる場合は、風のない穏やかな日を選び、風上から巣に向かってスプレー式の殺虫剤を静かに数回に分けて吹き付ける方法が効果的です。これにより、多くの親蜂はすぐにその場から飛び去ります。親蜂がいなくなったのを確認してから巣を取り除けば、やがて戻ってきたハチもそのうちいなくなります。巣がある場所によっては、長いパイプや管を巣に向けて静かに固定し、その中から殺虫剤を数秒間噴霧することで、安全に薬剤を届ける方法も有効です。ただし、パイプが動くとハチがそれを伝って攻撃してくる危険があるため、しっかりと固定することが重要です。駆除作業中にハチが飛び立ったら、すぐにその場から離れて安全を確保してください。

巣がまだ小さく、中にいるハチの数も少ない初期段階であれば、シャワー状に大量の水を勢いよくかける方法も効果的です。最初は巣にしがみついているハチもいますが、水の勢いを強めるとほとんどがどこかへ避難するため、その隙に巣を取り除くことができます。この方法は、ハチが雨と勘違いするのか、攻撃性が比較的低くなると言われています。

アシナガバチの巣の駆除に対して、一部の地方自治体では公費での助成を行っている場合があります。一方で、後述する通り農業害虫を捕食する益虫としての側面も持つため、駆除への助成を行わない自治体もあります。自治体による駆除支援がない地域では専門の業者に依頼することも可能ですが、アシナガバチは基本的にはおとなしい性質で益虫としての働きも大きいため、むやみに駆除せず、やむを得ない場合の最終手段と考えるのが良いでしょう。

益虫・食用として

アシナガバチはそのおとなしい性質から、巣に積極的にいたずらをしたり、不用意に触れたりしない限り、まず人に危害を加えることはありません。それどころか、ガやチョウの幼虫といった農業害虫を積極的に捕食してくれる「益虫」としての側面を持っています。特に初夏にかけてアシナガバチの巣が近くにあると、キャベツなどにつくモンシロチョウの幼虫の増加を抑える効果が期待でき、農薬や防虫ネットを使わずに作物を栽培・収穫できる助けとなります。多少の食痕が残る場合もありますが、無農薬での家庭菜園などにおいては非常に有用な存在と言えます。

また、一部地域では、アシナガバチの幼虫や蛹、成虫が「蜂の子」として食用に供されています。貴重なタンパク源として、古くから食文化の一部となっている地域もあります。

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