アジャータシャトル

アジャータシャトル:暴君と仏教の後援者―複雑な歴史像



アジャータシャトル(紀元前5世紀初頭頃在位)は、古代インドのマガダ国(現在のビハール州付近)を治めた王です。父王ビンビサーラを殺害し王位を奪取したことから、暴君として知られています。彼の出自や績については、仏典ジャイナ教の文献、古代碑文など様々な史料から異なる記述が見られ、歴史像は複雑で多様な解釈がなされています。

出自と王位継承



仏典によると、アジャータシャトルはマガダ王ビンビサーラとコーサラ王族の娘との間に生まれました。一方、ジャイナ教の伝説では、ビンビサーラとヴァイシャーリー王の娘との間に生まれたとされています。アジャータシャトルを「ヴェーデーヒープッタ(ヴェデーハの女の息子)」と呼ぶ仏典の記述から、ジャイナ教の説の方が正しいとする見解もあります。古代インドでは、男性を指す際に母方の出身地を冠する習慣があったため、この説の信憑性を高める解釈も存在します。しかし、彼の母に関する明確な記録は残っておらず、いまだ謎に包まれています。

王子時代、アジャータシャトルはチャンパーに駐屯していましたが、両親と対立。釈迦の敵対者であったデーヴァダッタの唆しにより、父王ビンビサーラを幽閉し、餓死させたと言われています。この事件は釈迦の死の7年前とされており、アジャータシャトルの残忍性を象徴する出来事です。デーヴァダッタは釈迦律に不満を持ち、分派活動を行い、アジャータシャトルを利用して釈迦を殺害しようと企てましたが、失敗に終わりました。

征服活動とマガダ国の発展



王位についたアジャータシャトルは、活発な征服活動を開始しました。コーサラ国、カーシ国を征服し、ヴァイシャーリー国をも支配下に置きました。ヴァイシャーリー征服については、ジャイナ教の伝説が詳細な説明を与えています。アジャータシャトルが兄弟からビンビサーラ王から贈られた象と宝石の首飾りを取り戻すため、ヴァイシャーリーを攻撃したという説話が残されています。

彼は数々の征服活動を行い、マガダ国をインド最大の強国へと押し上げました。ヴァッジ国への攻撃も計画しましたが、釈迦の助言を受け断念したという逸話も残っています。アジャータシャトル自身も、父王ビンビサーラと同じく、息子に殺害されたと伝えられています。彼の死後、王位継承者については諸説あり、ウダーインが有力視されています。

アジャータシャトルと仏教



アジャータシャトルは、釈迦の生きた時代のマガダ王として、初期仏教に深く関わった重要な人物です。仏典には、彼の出生にまつわる様々な逸話が記されています。父王ビンビサーラが仙人殺害の罪により、アジャータシャトルが父を殺害するという因果応報の物語です。しかし、アジャータシャトルは後にその罪を悔い、釈迦に帰依し、仏教教団を支援したとされています。彼は釈迦入滅後に舎利塔を建立し、仏教結集を支援したと伝えられています。『観無量寿経』『阿闍世王経』など多くの経典にアジャータシャトルが登場し、彼の複雑な人生と仏教との関わりが描かれています。

アジャータシャトルと現代



アジャータシャトルは、精神分析用語「アジャータシャトル・コンプレックス」の語源にもなっていますが、このコンプレックスの記述は事実誤認に基づいていると指摘されています。

アジャータシャトルは、暴君としての側面と仏教への帰依という対照的な側面を持つ、歴史上非常に興味深い人物です。彼の生涯は、古代インドの歴史、仏教の歴史、そして人間の複雑な心の内面を理解するための重要な手がかりを与えてくれます。

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