アスカニオス

アスカニウス：ローマ建国の祖と複数の伝承

アスカニウスは、ギリシア神話、そしてローマ神話において重要な役割を担う人物です。アイネイアースの子として知られ、ローマ建国神話の重要なピースとして、様々な史料に登場します。しかし、その出自や生涯については、複数の伝承が存在し、必ずしも一致していません。本稿では、主要な史料に基づき、アスカニウスの生涯と、その複雑な系譜について考察します。

複雑な出自

ヴェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』によれば、アスカニウスはアイネイアースとクレウーサの子として描かれています。トロイア陥落後、父と共に放浪の旅に出た後、イタリアに定住。ラティヌスの娘ラヴィニアと結婚したアイネイアースの腹心として活躍し、アルバ・ロンガという都市を建設しました。父の死後、ラティウム王（またはアルバ王）となり、アルバ・ロンガを治めたとされています。その後、王位は異母兄弟とされるシルウィウスに継承されたとされています。

しかし、他の史料では異なる記述が見られます。ハリカルナッソスのディオニュシオスは、アスカニウスにユールスという息子がおり、シルウィウスと王位を争ったと記しています。一方、ティトゥス・リウィウスは、アイネイアースはトロイア陥落時には子供がおらず、ラヴィニアとの間にアスカニウスとシルウィウスを儲けたと主張しています。この場合、アスカニウスとシルウィウスは同母兄弟となります。さらに中世のブリテン神話では、シルウィウスがアスカニウスの子であるという伝承も見られます。このように、アスカニウスの出自や兄弟関係については、史料によって食い違いが見られることが分かります。

ラティウム王としてのアスカニウス

どの伝承によっても、アスカニウスがアイネイアースの子であり、ラティウム王位を継承したことは共通しています。王位に就いたアスカニウスは、エトルリアの王メゼンティウスと戦争状態に陥りました。一度は講和条約を結びましたが、メゼンティウスの油断を突いて勝利し、メゼンティウスの息子を処刑するなど、強硬な姿勢を示しました。その後、ラヴィニアと共に30年以上に渡りラヴィニウムを治めた後、アルバ・ロンガに移り、新たな宮殿を建設しました。シルウィウスが成人した際に、アルバ・ロンガをシルウィウスに譲ったという記述もあります。

ユリウス家との関連

ウェルギリウスの『アエネーイス』は、アウグストゥスの後援を受けて制作されたと考えられています。同作品では、アスカニウスをユールスと同一視し、ユリウス家をアイネイアース、ひいては神々に繋げる記述が見られます。これは、アウグストゥス自身の権威付けに繋がる策略と考えられ、ユリウス家とアスカニウス、そして神々を結びつけることで、アウグストゥスの正当性を強調する役割を果たしました。このウェルギリウスの主張は、広く大衆に受け入れられ、ユリウス家の歴史観を形作る上で大きな影響を与えたと考えられています。

アスカニウスの言葉とアメリカ合衆国のモットー

『アエネーイス』の中で、アスカニウスは「annue coeptis（彼＝神は我等の企てに賛成した）」という言葉を使用しました。この言葉は、後のアメリカ合衆国のモットー「Annuit cœptis」の原型になったと言われています。アスカニウスの言葉が、アメリカ建国にまで影響を与えたという事実は、彼の歴史的な影響力の大きさを示しています。

複数のアスカニオス

興味深いことに、歴史上にはアスカニウスという名前を持つ人物が複数存在します。トロイア戦争において、アスカニアの王アレターオーン人の子として、トロイア救援に参戦したアスカニウスもその一人です。また、トロイア王プリアモスの子にも、アスカニウスという人物がいたとされています。これらのアスカニウスと、ローマ建国神話におけるアスカニウスとの関係は不明確ですが、同一人物ではないと考えられます。

まとめ

アスカニウスは、ローマ建国神話におけるキーパーソンでありながら、その生涯や出自については、複数の伝承が存在し、複雑な歴史的背景を持つ人物です。様々な史料を総合的に考察することで、アスカニウスという人物像とその歴史的影響の大きさを理解することができます。彼の物語は、古代ローマの歴史と文化を理解する上で不可欠な要素であり、現代に至るまで、その影響を及ぼし続けているのです。

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