アダム・エルスハイマー
アダム・エルスハイマーは、17世紀初頭に活躍したドイツ出身の画家です。1578年にフランクフルト・アム・マインで生まれ、1610年にローマで短い生涯を閉じました。彼の作品は、その独特な技法と表現力によって、同時代の画家たちだけでなく、後世の美術界にも大きな影響を与えました。
エルスハイマーは、仕立屋を営む家庭の10人兄弟の1人として生まれました。幼少期から芸術に触れる機会に恵まれ、フィリップ・ウッフェンバッハの弟子として絵画の基礎を学びました。1598年、20歳の時にイタリアへ渡り、ヴェネツィアやローマで活動しました。
記録は少ないものの、エルスハイマーの作風にはヴェネツィア派の影響が色濃く見られます。特に、キャビネット絵画を得意としたハンス・ロッテンハンマーとの交流は、彼の画風形成に大きな役割を果たしたと考えられています。また、ティントレットやパオロ・ヴェロネーゼといったヴェネツィアの巨匠たちの影響も見て取れます。この時期には、『キリストの洗礼』や『聖家族』といった代表作が描かれました。
1600年頃、エルスハイマーはローマに移り住み、ロッテンハンマーの紹介で、教皇の主治医であり、美術収集家でもあったジョバンニ・ファベールと知り合いました。ファベールはエルスハイマーの才能を高く評価し、彼を支援しました。また、風景画家パウル・ブリルとも親交を深め、ブリルとは共同で作品を制作することもありました。エルスハイマーは、ローマでルーベンスとも出会い、互いに刺激し合いました。ルーベンスはエルスハイマーの才能を認めつつも、制作数の少なさを嘆いたという逸話が残っています。1604年には、カレル・ヴァン・マンデルがエルスハイマーを「遅筆」と評しています。エルスハイマーは、教会で巨匠の作品を研究し、卓越した視覚記憶力を持っていたとされています。また、憂鬱症を抱えながらも、情け深い人物であったと伝えられています。
1606年には、カローラ・アントニア・ステュアルダ・ダ・フランコフォルテと結婚し、カトリックに改宗しました。ローマの画家組合であるアカデミア・ディ・サン・ルカにも入会し、その際に提出した自画像は、彼が描いた唯一の自画像であり、唯一のカンヴァス油彩画として知られています。しかし、名声とは裏腹に、エルスハイマーの生活は経済的に苦しかったようです。1602年から1603年にかけて制作された『トビアスと天使ラファエル』は、風景画に新たな概念をもたらした作品として知られています。この作品は版画化され、ヨーロッパ各地に広まりました。エルスハイマーは版画家のホウトから借金をしていた時期があり、投獄されたという記録もあります。
エルスハイマーは、神話や宗教の主題において、あまり描かれていない題材を選ぶことを好み、『バウキスとピレモンの家のユーピテルとメルクリウス』などは、それまで絵画化されていなかったものです。その他、『ケレースの嘲り』や『アポローンとコロニス』なども、彼の独創性を際立たせています。
エルスハイマーは、その完全主義と憂鬱症のために、多くの作品を残すことはありませんでした。しかし、彼の作品は、その質の高さから、同時代および後世の画家たちに大きな影響を与えました。特に、夜景描写における彼の卓越した技術は、他の画家たちにはない独自の表現でした。エルスハイマーは、5つもの光源を使い、光と影の対比を穏やかに描き出し、暗い部分にも重要な要素を配置するなど、革新的な手法を用いています。
また、詩的な風景描写も彼の作品の特徴です。風景の中に人物を配置することで、風景そのものが物語を語るかのような効果を生み出しました。この手法は、ニコラ・プッサンやクロード・ロランといった後世の風景画家たちに大きな影響を与えました。さらに、エルスハイマーはドイツの伝統とイタリアのスタイルを融合させ、デューラー以降の画家たちよりも効果的に表現しました。彼の作品は、ドラマチックな状況よりも、変化の始まりや瞬間を捉えることを重視しました。人物描写においては、背が低く、ずんぐりとした体型で描かれることが多く、古典的な理想美とは異なっています。そのポーズや表情は、イタリア・ルネサンスの「Bella Figura」よりも、初期ネーデルラント絵画のそれに近いものがあります。
エルスハイマーの作品は、当時からイギリスのコレクターに人気があり、その多くがイギリスに渡りました。現在でも、彼の作品の3分の1近くがイギリスに所蔵されています。エルスハイマーの芸術は、その後の美術界に多大な影響を与え、今なおその魅力は色褪せていません。
参考文献
Rüdiger Klessmann and others, Adam Elsheimer 1578-1610, 2006, Paul Holberton publishing/National Galleries of Scotland; ISBN 1-903278-78-3
Encyclopedia of Artists, volume 2, edited by William H. T. Vaughan, ISBN 0-19-521572-9, 2000
生涯
エルスハイマーは、仕立屋を営む家庭の10人兄弟の1人として生まれました。幼少期から芸術に触れる機会に恵まれ、フィリップ・ウッフェンバッハの弟子として絵画の基礎を学びました。1598年、20歳の時にイタリアへ渡り、ヴェネツィアやローマで活動しました。
ヴェネツィア時代
記録は少ないものの、エルスハイマーの作風にはヴェネツィア派の影響が色濃く見られます。特に、キャビネット絵画を得意としたハンス・ロッテンハンマーとの交流は、彼の画風形成に大きな役割を果たしたと考えられています。また、ティントレットやパオロ・ヴェロネーゼといったヴェネツィアの巨匠たちの影響も見て取れます。この時期には、『キリストの洗礼』や『聖家族』といった代表作が描かれました。
ローマ時代
1600年頃、エルスハイマーはローマに移り住み、ロッテンハンマーの紹介で、教皇の主治医であり、美術収集家でもあったジョバンニ・ファベールと知り合いました。ファベールはエルスハイマーの才能を高く評価し、彼を支援しました。また、風景画家パウル・ブリルとも親交を深め、ブリルとは共同で作品を制作することもありました。エルスハイマーは、ローマでルーベンスとも出会い、互いに刺激し合いました。ルーベンスはエルスハイマーの才能を認めつつも、制作数の少なさを嘆いたという逸話が残っています。1604年には、カレル・ヴァン・マンデルがエルスハイマーを「遅筆」と評しています。エルスハイマーは、教会で巨匠の作品を研究し、卓越した視覚記憶力を持っていたとされています。また、憂鬱症を抱えながらも、情け深い人物であったと伝えられています。
1606年には、カローラ・アントニア・ステュアルダ・ダ・フランコフォルテと結婚し、カトリックに改宗しました。ローマの画家組合であるアカデミア・ディ・サン・ルカにも入会し、その際に提出した自画像は、彼が描いた唯一の自画像であり、唯一のカンヴァス油彩画として知られています。しかし、名声とは裏腹に、エルスハイマーの生活は経済的に苦しかったようです。1602年から1603年にかけて制作された『トビアスと天使ラファエル』は、風景画に新たな概念をもたらした作品として知られています。この作品は版画化され、ヨーロッパ各地に広まりました。エルスハイマーは版画家のホウトから借金をしていた時期があり、投獄されたという記録もあります。
エルスハイマーは、神話や宗教の主題において、あまり描かれていない題材を選ぶことを好み、『バウキスとピレモンの家のユーピテルとメルクリウス』などは、それまで絵画化されていなかったものです。その他、『ケレースの嘲り』や『アポローンとコロニス』なども、彼の独創性を際立たせています。
影響
エルスハイマーは、その完全主義と憂鬱症のために、多くの作品を残すことはありませんでした。しかし、彼の作品は、その質の高さから、同時代および後世の画家たちに大きな影響を与えました。特に、夜景描写における彼の卓越した技術は、他の画家たちにはない独自の表現でした。エルスハイマーは、5つもの光源を使い、光と影の対比を穏やかに描き出し、暗い部分にも重要な要素を配置するなど、革新的な手法を用いています。
また、詩的な風景描写も彼の作品の特徴です。風景の中に人物を配置することで、風景そのものが物語を語るかのような効果を生み出しました。この手法は、ニコラ・プッサンやクロード・ロランといった後世の風景画家たちに大きな影響を与えました。さらに、エルスハイマーはドイツの伝統とイタリアのスタイルを融合させ、デューラー以降の画家たちよりも効果的に表現しました。彼の作品は、ドラマチックな状況よりも、変化の始まりや瞬間を捉えることを重視しました。人物描写においては、背が低く、ずんぐりとした体型で描かれることが多く、古典的な理想美とは異なっています。そのポーズや表情は、イタリア・ルネサンスの「Bella Figura」よりも、初期ネーデルラント絵画のそれに近いものがあります。
エルスハイマーの作品は、当時からイギリスのコレクターに人気があり、その多くがイギリスに渡りました。現在でも、彼の作品の3分の1近くがイギリスに所蔵されています。エルスハイマーの芸術は、その後の美術界に多大な影響を与え、今なおその魅力は色褪せていません。
参考文献
Rüdiger Klessmann and others, Adam Elsheimer 1578-1610, 2006, Paul Holberton publishing/National Galleries of Scotland; ISBN 1-903278-78-3
Encyclopedia of Artists, volume 2, edited by William H. T. Vaughan, ISBN 0-19-521572-9, 2000
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。