アダルベルト・ギロヴェッツ

アダルベルト・マティアス・ギロヴェッツ（Adalbert Matthias Gyrowetz, 1763年2月20日 - 1850年3月19日）は、ボヘミア（現在のチェコ）出身の作曲家、指揮者、法律家です。チェコ語名はヴォイチェフ・マティアーシュ・イーロヴェツ（Vojtĕch Matyáš Jírovec）といいます。彼は、ウィーン古典派の音楽家として知られ、その作品は、同時代のロマン派の音楽の影響も受けています。

ギロヴェッツは、合唱[[指揮者]]の父親から音楽の手ほどきを受け、幼い頃からヴァイオリン、クラヴィーア、作曲を学びました。プラハで法学を学ぶ一方で語学も習得しましたが、経済的な理由により学業を中断し、フランツ・フォン・フュンフキルヒェン伯爵の不動産管理人として働くことになります。しかし、その才能を伯爵に見出され、宮廷楽団で演奏するようになり、いくつかの交響曲を献呈しました。

その後、ギロヴェッツはグランド・ツアーに出て、イタリア、フランス、イギリスを訪れます。1785年から1786年にかけてウィーンを訪れた際には、ディッタースドルフ、ハイドン、アルブレヒツベルガーといった著名な音楽家たちと交流を深め、特にハイドンに心酔しました。また、モーツァルトとも親交を結び、モーツァルトはギロヴェッツの交響曲を作者不明のまま上演し、演奏後に作者を明かすという粋な計らいをしました。

モーツァルトの勧めでイタリアへ留学したギロヴェッツは、ナポリで2年間パイジェッロに師事し、《6つの弦楽四重奏曲》を作曲しました。これらの作品は、ギロヴェッツの知らない間にパリで海賊版として出版されます。その後、パリに移ったギロヴェッツは、自作の交響曲がハイドンの名義で出版されていることを知ります。弦楽四重奏曲の人気が高まり、新作の依頼が殺到したため、パリに定住し、作曲家として多産な時期を迎えました。

フランス革命の勃発により、1790年にロンドンへ渡り、3年間を過ごしました。ロンドンでも成功を収め、1791年にハイドンが再訪した際には、上流階級への紹介を惜しみませんでした。オペラの作曲依頼もありましたが、劇場の火災により序曲のみが完成しました。

1792年にウィーンに帰国したギロヴェッツは、1804年にウィーン宮廷歌劇場の副楽長に就任します。これを機に、器楽曲の作曲からバレエ音楽、ジングシュピール、オペラなどの舞台音楽の作曲に重点を移しました。オペラ・セリア《アグネス・ソレル》はウィーンで124回上演され、ヨーロッパのレパートリーとして定着しました。

1831年に宮廷楽長の職を辞した後、大邸宅を買い、1848年には自叙伝を執筆しました。ギロヴェッツの作品は多岐にわたり、30曲のオペラ（ジングシュピール含む）、28曲のバレエ音楽、約40の交響曲、5つの協奏交響曲、2つのピアノ協奏曲、少なくとも40の弦楽四重奏曲、46のピアノ三重奏曲、約100曲の声楽曲、11曲のミサ曲、2つの晩課祷などが含まれます。出版作品も多数存在します。

ギロヴェッツは、ウィーン古典派音楽の伝統に根ざしていましたが、同時代の音楽の変化を感じ取り、ロマン派音楽の要素も取り入れました。モーツァルトとの交流を通じてその音楽の趣味を消化し、柔軟な音楽性を育んだことが、この独自の作風を生み出す要因になったと考えられます。彼はモーツァルトやハイドンを尊敬しただけでなく、ベートーヴェン（特に後期作品）を高く評価し、その葬儀にも参列しました。また、1818年にショパンがウィーンデビューを果たした際には、ギロヴェッツの協奏曲を演奏したショパンを激励するなど、新しい時代の音楽に対しても開明的な姿勢を示しました。

近年では、モーツァルトの影響と趣味の良さが感じられるフルート四重奏曲や弦楽四重奏曲が再評価されつつあります。

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