アダージョとロンド・コンチェルタンテ

アダージョとロンド・コンチェルタンテ ヘ長調 D487

フランツ・シューベルトの室内楽曲『アダージョとロンド・コンチェルタンテ』ヘ長調 D487は、1816年に作曲されました。この作品は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、そしてピアノという編成によるピアノ四重奏曲です。シューベルトが作曲した室内楽曲の中でも特異な位置を占めており、彼の唯一の完成されたピアノ四重奏曲として知られています。

概要と背景

本作は1816年10月に生み出されました。この時期、若きシューベルトはソプラノ歌手のテレーゼ・グロープに深く心を寄せ、結婚を望んでいましたが、彼女は別の男性と結婚することになり、この恋は破れることとなります。この『アダージョとロンド・コンチェルタンテ』は、テレーゼの弟であるハインリヒの依頼によって書かれた可能性が指摘されています。

シューベルトは、生涯において特定の編成による作品をある時期に集中して作曲する傾向が見られます。例えば、1817年には6曲以上のピアノソナタ（未完を含む）を手がけています。しかし、ピアノ四重奏という編成については、この作品のみを完成させています。また、この曲は有名なピアノ五重奏曲『鱒』（D667）に先立つこと3年、シューベルトにとって初めて完成させたピアノと弦楽のための大規模な楽曲となりました。

音楽的特徴

この作品の最も顕著な特徴は、室内楽曲としては異例なほどピアノが主導的な役割を担っている点です。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロからなる弦楽三重奏は、しばしばピアノの伴奏に回っており、曲全体として、あたかも小規模なオーケストラを伴うピアノ協奏曲のような響きを持っています。シューベルトの作品全体の中で、特定の奏者の技巧を華麗に披露することを目的とした作品は数少ないですが、本作はその珍しい例の一つとされています。

出版と演奏史

シューベルトの死後、この作品はすぐには日の目を見ませんでした。彼の作品を多く手掛けた出版者アントン・ディアベリに委託されたものの、楽譜が出版されたのは作曲から約半世紀後の1865年になってからのことでした。

記録に残る最初の公開演奏は、出版よりもさらに早い時期に行われています。具体的には、1861年11月1日にウィーンのルートヴィヒ・ベーゼンドルファー氏のサロンで演奏されたという記録が残されています。

楽曲構成

本作は、中断なく続けて演奏される2つの楽章で構成されています。全曲の演奏時間は約14分から16分程度です。

1. アダージョ (Adagio)
3/4拍子、ヘ長調。緩やかなテンポで始まります。複数の楽想が次々に提示されますが、それぞれが大きく発展することなく交代していきます。最初の楽想が再び現れると、それまでと同様に楽想が連なって展開されます。この楽章は終結部を持たず、次の楽章へアタッカ（中断なし）で接続されます。

2. ロンド：アレグロ・ヴィヴァーチェ (Rondo: Allegro vivace)
2/4拍子、ヘ長調。急速で活気のあるテンポとなります。「ロンド」という名称が付いていますが、古典的なロンド形式ではなく、展開部を欠くソナタ形式に近い構造が採用されています。楽章はピアノによって勢いよく提示される主要主題で幕を開けます。その後、華やかなパッセージが繰り広げられ、主要主題が全楽器によって奏されます。続いて、歌謡的な性格を持つ副主題が現れます。アルペッジョを主体とした技巧的なパッセージを経て、再びピアノによるエピソードが挿入されます。再現部では、主要主題、副主題などが回帰し、最後は全合奏による華やかなコーダによって力強く締めくくられます。

もう一度検索