アッシャーの年表

アッシャーによる天地創造年代の算定とその後

17世紀のアイルランド、アーマーの司教であったジェームズ・アッシャーは、聖書の記述を綿密に分析することで、天地創造の正確な年代を算出することに挑みました。そして、彼の研究の成果である『世界の起源を示す旧約聖書の年代記』（Annales veteris testamenti, a prima mundi origine deducti）を1650年に発表。その中で、アッシャーは天地創造を紀元前4004年10月22日の夕暮れと結論づけました。

アッシャーの緻密な計算は、当時大きな注目を集めました。聖書の記述を基にした年代測定は、歴史学や神学において重要な意味を持ち、アッシャーの年表は、長らく西洋社会における標準的な年代体系として受け入れられました。しかし、アッシャーの結論は、彼のみによるものではありませんでした。同じ聖書を基に、複数の学者が独自に天地創造の年代を計算しており、それぞれ多少のずれが見られました。例えば、ベーダ・ヴェネラビリスは紀元前3952年、スカリゲルは紀元前3949年、ヨハネス・ケプラーは紀元前3992年、アイザック・ニュートンは紀元前4000年と推定しています。これらの計算結果の差異は、聖書の解釈の違いや、年代計算における手法の差異などに起因すると考えられます。

アッシャーの年表は、聖書の記述に基づいて、重要な歴史的出来事の年代も特定しています。例えば、ノアの洪水（紀元前2348年）、アブラハムの啓示（紀元前1921年）、モーセによるエジプト脱出（紀元前1491年）、エルサレム神殿の設立（紀元前1012年）、バビロン捕囚の始まり（紀元前586年）などが挙げられます。これらの年代は、聖書研究や歴史研究において、重要な参照点として用いられてきました。

しかし、18世紀に入ると、地質学の発展によってアッシャーの年表は大きな挑戦を受けることになります。チャールズ・ライエルらの地質学者は、斉一説に基づいて地球の形成過程を研究し、地層の形成や化石の分析から、地球の年齢はアッシャーの計算をはるかに超える、非常に長い時間をかけて形成されたものであることを主張しました。彼らの主張は、聖書に基づいた天地創造の年代と矛盾するものであり、激しい論争を引き起こしました。この論争は、科学と宗教、そして歴史観の衝突を象徴する出来事として、現在でも重要な意味を持っています。アッシャーの年表は、聖書解釈に基づいた年代測定の試みとして歴史的に重要な意味を持ちますが、現代地質学の知見からは、地球の年齢や歴史的出来事の年代を理解する上で、もはや適切なものではありません。科学の進歩によって、地球の歴史に対する理解は大きく深まり、アッシャーの年表は、科学史における一つの事例として、現代においても研究、議論の対象となっています。

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