アディスアベバ条約

アディスアベバ条約は、1896年10月23日にエチオピア帝国とイタリア王国との間で締結された、第一次エチオピア戦争を正式に終結させるための講和条約です。この条約は、戦争の帰趨を決定づけた同年3月のアドワの戦いにおいて、エチオピア皇帝メネリク2世率いるエチオピア軍がイタリア軍に対し圧倒的な勝利を収めた後に交渉されたもので、エチオピア側に極めて有利な条件が盛り込まれました。それまで両国間に存在した秘密協定に取って代わる、歴史的な合意となりました。

この戦争が勃発した最大の原因の一つは、1889年に結ばれたウッチャリ条約の解釈の相違でした。イタリア語で記された条約本文では、エチオピアは全ての外交活動をイタリア王国を経由して行うことが義務付けられているかのように解釈され、事実上、エチオピアがイタリアの保護国となる内容を示唆していました。しかし、エチオピアの公用語であるアムハラ語の本文では、エチオピアはイタリア政府を通じて第三国と交渉する「選択肢を持つ」というニュアンスに過ぎず、イタリアの保護下に入る義務は明確ではありませんでした。皇帝メネリク2世は、このアムハラ語版とイタリア語版との決定的な乖離を知り、イタリアに欺かれたと強く感じたことが、開戦の決定的な要因となりました。これに加え、1889年の条約締結以降、1895年の開戦に至るまで、イタリアが巧妙にエチオピア領内に浸透を図っていたことも、両国間の緊張を高める要因となりました。

こうした背景の中、1896年3月のアドワの戦いは、イタリア軍にとって壊滅的な敗北となりました。エチオピア軍はこの戦闘で決定的な勝利を収め、約3,000人ものイタリア兵を捕虜としました。この勝利は、近隣のエリトリアに駐屯していたイタリア軍の士気を著しく低下させ、彼らが海へと追い立てられるのではないかという恐怖さえ引き起こしました。また、イタリア本国では、この衝撃的な敗戦の報を受け、当時のフランチェスコ・クリスピ首相が辞任に追い込まれるなど、大きな政治的混乱を招きました。一方、皇帝メネリク2世は、この輝かしい軍事的成功を背景に、極めて強い立場からイタリアとの講和交渉に臨むことができました。

交渉の初期段階において、イタリアはメネリク2世に対し、ウッチャリ条約の破棄と新たな平和友好条約の締結を提案しました。しかし、メネリク2世はエチオピアの主権と独立を何よりも重視しており、「いかなる国の保護国にもなるつもりはない」という固い決意を揺るがせませんでした。歴史家ハロルド・マーカスによれば、皇帝はエチオピアの独立を保つために戦争を開始したのであり、宗主国をイタリアから他の国に変える意図は全くありませんでした。皇帝はこのイタリア側の提案に激怒し、秘密の休戦状態に戻すよう要求するとともに、交渉団の一員であったイタリア軍少佐トマソ・サルサを捕虜とすると示唆しました。

交渉は難航しましたが、最終的にイタリアは主要な要求点で譲歩せざるを得なくなりました。特に、1896年8月23日になって、イタリアがウッチャリ条約の無条件破棄とエチオピアの完全な独立を公式に認める意向を示したことで、交渉は急速に進展しました。この条約の締結により、ウッチャリ条約は正式に破棄され、イタリアはエチオピアの独立を国際的に承認することとなりました。これは、当時のアフリカ分割が進む中で、数少ない独立を維持した国としてエチオピアの地位を確固たるものとする上で、極めて重要な出来事でした。

アドワの戦いで捕虜となったイタリア兵は、ハロルド・マーカスによれば「合理的で安全な捕われの身」として扱われたとされ、その後、本国へ送還されました。イタリア政府は彼らの解放および補償として、1000万リラをエチオピアに支払ったと伝えられています。領土に関しても取り決めがなされましたが、驚くべきことに、イタリアは完全にではないものの、マレブ・ベレッサ川とメイ/ムニ川を越えて獲得した領土の大部分を維持しました。しかし、アビシニア（エチオピア）の君主制支持者からは、メネリク2世が歴史的にエチオピア帝国の一部とされてきたティグレ地方の一部を手放したとする批判も存在しました。エチオピア本土とイタリア植民地エリトリアとの国境は、この条約では完全に確定せず、その後の1900年、1902年、1908年に締結された一連の協定によって最終的に定義されることとなりました。

アディスアベバ条約は、アフリカ分割時代においてアフリカの国がヨーロッパ列強に対して軍事的勝利を収め、独立を認めさせた極めて稀な事例として、エチオピアの歴史だけでなく、世界史においても特筆されるべき出来事です。この条約は、エチオピアが主権国家としての地位を堅持するための重要な礎となりました。

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