アドルフ・グリーン

アドルフ・グリーン（1914年12月2日 - 2002年10月23日）は、アメリカ合衆国を代表する作詞家、そして脚本家です。彼は特にベティ・コムデンとのクリエイティブ・パートナーシップで知られ、二人は約60年という異例の長きにわたり、ハリウッドとブロードウェイの舞台でミュージカル史に残る数々の傑作を生み出しました。一般には夫婦と誤解されることもありましたが、実際は生涯にわたる創作上の盟友でした。

生い立ちとキャリアの始まり

グリーンは、ハンガリー系ユダヤ移民の家庭にニューヨークのブロンクスで生まれました。ハイスクール卒業後、俳優を志すまでウォール街で外交員として働いていた時期があります。転機が訪れたのは1938年。共通の友人を介して、ニューヨーク大学で演劇を学んでいたベティ・コムデンと出会います。この運命的な出会いが、後の伝説的なコンビの始まりとなりました。

二人はすぐに意気投合し、劇団「The Revuers」を結成。グリニッジ・ヴィレッジの著名なクラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードで公演を行いました。この劇団には、後にコメディ女優として名を馳せるジュディ・ホリデーも在籍しており、またグリーンの親友であった音楽家レナード・バーンスタインがしばしばピアノ伴奏を務めるなど、才能豊かな面々が集結していました。彼らの公演は好評を博し、映画界からのオファーへと繋がります。1944年、カルメン・ミランダとドン・アメチー主演の映画『グリニッジ・ビレッジ』に出演する機会を得て、名を上げることを期待して西海岸へと向かいますが、彼らの役は取るに足らないほど小さく、すぐにニューヨークへ舞い戻ることになります。

ブロードウェイとハリウッドでの成功

ニューヨークに戻ったグリーンとコムデンは、レナード・バーンスタインと共にブロードウェイでの最初の大きな成功を収めます。バーンスタインが振付師ジェローム・ロビンズと手掛けたバレエ「ファンシー・フリー」を発展させたミュージカル『オン・ザ・タウン』です。ニューヨークを舞台に休暇中の3人の水兵が繰り広げる騒動を描いたこの作品で、二人は脚本と歌詞を担当し、その才能が高く評価されました。しかし、続く2作のミュージカル『Billion Dollar Baby』（1945年）と『Bonanza Bound』（1947年）は商業的な成功には至らず、再びカリフォルニアへ渡り、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー（MGM）での仕事を得ます。

MGMでは、ミュージカル映画の黄金期を支えるプロデューサー、アーサー・フリードの製作部門で脚本家として腕を振るいます。ジューン・アリソンとピーター・ローフォード主演の『Good News』、ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステア共演の『ブロードウェイのバークレー夫妻』などの脚本を手掛けた後、ジーン・ケリーとフランク・シナトラ主演の『踊る大紐育』で再びバーンスタインと組むものの、アーサー・フリードの意向によりバーンスタインの楽曲は採用されませんでした。

彼らのキャリアにおける最大のハイライトの一つは、ジーン・ケリーとの再会となった映画『雨に唄えば』（1952年）です。ハリウッドのサイレント映画時代末期からトーキーへの移行期を舞台にしたこの古典的作品で、二人は脚本を担当。多くの映画史家から史上最高のミュージカル映画の一つと称えられ、1998年にはアメリカン・フィルム・インスティチュートによる「20世紀の偉大なアメリカ映画100選」で第10位にランクインしました。さらに、『バンド・ワゴン』（1953年）では、劇中劇の脚本を書く夫妻チーム、レスターとリリーを自分たち自身をモデルに描きました。『バンド・ワゴン』と、それに続く『いつも上天気』（1955年）で、二人はアカデミー脚本賞に二度ノミネートされたほか、両作品で全米脚本家協会賞も受賞しています。

舞台活動とその他の功績

ハリウッドでの成功と並行して、グリーンとコムデンはブロードウェイの舞台でも精力的に活動を続けました。バート・ラーらが出演したレビュー『Two on the Aisle』や、小説「マイ・シスター・アイリーン」をミュージカル化した『ワンダフルタウン』は高い評価を得て、特に『ワンダフルタウン』はトニー賞作品賞を受賞しました。また、かつての劇団仲間であるジュディ・ホリデーと再会した『ベルズ・アー・リンギング』（1956年）は、彼らの代表作の一つとなり、「Just in Time」「The Party’s Over」といったスタンダードナンバーを生み出しました。

1958年には、初期のスケッチを含む自作自演のレビュー『A Party with Betty Comden and Adolph Green』をブロードウェイで上演し、批評的・商業的にも成功を収め、1977年には改訂版が再演されました。彼らの才能はミュージカル以外にも広がり、メリー・マーティン主演のテレビ版およびブロードウェイ版『ピーター・パン』の脚本・歌詞、メトロポリタン歌劇場でのヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ『こうもり』の短縮版台本なども手掛けています。ガーソン・ケニン、サイ・コールマン、ジュール・スタイン、アンドレ・プレヴィンなど、様々な作曲家や脚本家と共同で作品を創作しました。

晩年と遺産

輝かしい功績の裏には、不成功に終わった作品もありました。1982年には、ヘンリック・イプセンの戯曲「人形の家」の主人公ノラが夫のもとを去った後を描くミュージカル『A Doll's Life』を制作しましたが、わずか5公演で幕を閉じました。しかし、この作品でも脚本と音楽でトニー賞にノミネートされるなど、彼らの創造意欲は衰えませんでした。

1991年、グリーンとコムデンはその長年の功績を称えられ、ケネディ・センター名誉賞を受賞しました。

私生活では、グリーンは3度結婚しています。3番目の妻は、ブロードウェイミュージカル『ベルズ・アー・リンギング』でジュディ・ホリデーの代役を務めた女優のピュリス・ニューマンでした。彼らにはアダムとアマンダという二人の子供がいました。

アドルフ・グリーンは2002年10月23日に87歳で死去しました。同年12月4日にはブロードウェイのシュバート劇場で追悼式が行われ、ベティ・コムデンをはじめ、ローレン・バコール、ケビン・クライン、ジョエル・グレイ、クリスティン・チェノウェス、アーサー・ローレンツといった演劇界の著名人が多数参列し、彼の功績を偲びました。

アドルフ・グリーンとベティ・コムデンのコンビは、ミュージカルという芸術形式において、卓越したユーモア、洗練された機知、そして心に残る楽曲と物語を結びつける稀有な才能を発揮しました。彼らの作品は、ミュージカル映画やブロードウェイの黄金時代を彩り、今日に至るまで多くの人々に愛され続けています。トニー賞を複数回受賞・ノミネートするなど、演劇界でもその貢献は高く評価されています。

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