アナトリー・カルポフ

アナトリー・エフゲーニエヴィチ・カルポフは、1951年5月23日にソビエト連邦（現在のロシア）のズラトウーストで生まれました。彼はチェスの歴史において最も偉大な選手の一人として知られ、特に1970年代後半から1990年代にかけて世界の頂点で活躍しました。

カルポフの才能は早くから開花し、18歳でストックホルムで開催された世界ジュニアチェス選手権で優勝を果たし、史上10人目のジュニア世界チャンピオンとなりました。この輝かしい成績を足がかりに、1970年にはチェス界における最高の称号であるグランドマスターの称号を獲得しました。

彼のキャリアの大きな転換点は1975年に訪れます。当時の絶対的な世界チャンピオンであったボビー・フィッシャーへの挑戦権を見事勝ち取りますが、フィッシャーが対戦条件を巡って国際チェス連盟（FIDE）と合意に至らず、タイトルを放棄したため、カルポフは不戦勝という形で世界チャンピオンの座に就きました。

初防衛戦となった1978年のヴィクトール・コルチノイとのマッチは、チェス史に残るドラマとなりました。コルチノイがソ連から西側へ亡命していた背景もあり、この対戦は単なるチェスの勝負を超え、「ソ連の体制」と「亡命者」の対決として大きな注目を集めました。先に6勝した方が勝利という無制限の対局で行われ、カルポフは序盤で5勝2敗と大きくリードを奪います。しかし、コルチノイが驚異的な粘りを見せ、続く4局で3勝1分と猛追し、スコアは5勝5敗のタイとなります。極度の緊張感に包まれた第32局をカルポフが制し、辛くも初防衛に成功しました。続く1981年のコルチノイとの再戦では、カルポフが6勝2敗10引き分けと危なげなく勝利し、その実力を改めて証明しました。

1984年、カルポフは新星ガルリ・カスパロフの挑戦を受けます。このマッチも局数無制限で行われ、カルポフは当初5勝0敗と圧倒的なスタートを切ります。しかし、カスパロフが粘り強く引き分けを重ねたため、対局は異例の長期戦となり、48局（カルポフの5勝3敗、40引き分け）に達した時点でFIDEによって中断され、無勝負となりました。翌1985年の再戦は、伝統的な24局マッチ形式で行われ、今度はカスパロフが5勝3敗15引き分けで勝利し、カルポフは王座を失いました。

カルポフとカスパロフのライバル関係はこれで終わりませんでした。カルポフは挑戦者として、1986年のリターンマッチ、1987年、そして1990年とカスパロフに挑み続けます。これらのマッチはいずれも非常に僅差（1点差以内）でカスパロフに敗れたものの、その内容はチェス史に残る名勝負として高く評価されています。特に1987年のマッチは、24局すべてが同点または1点差で進行する極めて拮抗した展開となり、カルポフは第23局に勝利して最終局を前に1点リードしましたが、最後の第24局を落とし、カスパロフに引き分けによる防衛を許しました。

1993年、カスパロフが挑戦者ナイジェル・ショートと共にプロチェス協会（PCA）を設立し、FIDEとは別の形で世界選手権を行うことを決定したため、FIDEはカスパロフから世界チャンピオンのタイトルを剥奪しました。これにより、カルポフはFIDEの世界選手権トーナメントに参加し、ヤン・ティマンとの決勝マッチを制してFIDEチャンピオンに復位しました。その後も彼は、1996年にゲイタ・カムスキー、1998年にはヴィスワナータン・アーナンドを相手にタイトルを防衛しましたが、1999年に行われたFIDEの世界選手権制度の大幅な変更（ノックアウト方式の導入など）に抗議し、保持していた王座を返上しました。

アナトリー・カルポフは、その堅実で精緻なプレイスタイル、特に終盤における正確さと鉄壁の防御で知られています。カスパロフのような攻撃的なスタイルとは対照的でありながら、長年にわたり世界のトップに君臨し、「完璧な機械」と称されることもありました。彼のキャリアは、フィッシャー、コルチノイ、そしてカスパロフといった同時代の強豪たちとの激しい戦いの歴史であり、チェスの発展に多大な影響を与えました。

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