アビドス王名表

アビドス王名表

アビドス王名表（アビドスおうめいひょう、英語：Abydos King List）は、古代エジプト史における重要な資料の一つとして知られる、歴代のファラオの名前を列記した石板記録です。この貴重な記録は、上エジプトの聖地アビドスに位置する、第19王朝のファラオであるセティ1世の葬祭殿の壁面に刻まれた形で発見されました。

この王名表には、古代エジプトを統治した76名に及ぶファラオの名前が記されています。壁画は緻密に構成されており、全部で三段に分かれています。それぞれには、ファラオの名前を囲むための楕円形の枠、カルトゥーシュが38個ずつ配置されています。しかし、実際に歴代ファラオの名前が並べられているのは上段と中断の二段のみです。最下段には、この王名表を作成させたセティ1世自身の即位名と誕生名が繰り返し描かれています。

アビドス王名表は、古代エジプトの歴史、特に王朝の系譜をたどる上で極めて高い価値を持っています。特に、エジプト古王国時代のファラオたちがどのような順序で即位したのかを確認できる点に加え、現存する他の記録では失われているか、あるいは断片的である第7王朝および第8王朝に属する多くのファラオの名前が、このアビドス王名表でのみ確認できるという点が、その重要性を一層高めています。このため、エジプト史研究における不可欠な一次資料として位置づけられています。

ただし、この王名表は全てのファラオを網羅しているわけではありません。作成当時の王朝が、過去の支配者の中で正統な歴代王として認めなかったと考えられるファラオは、意図的にリストから除外されています。具体的には、異民族であるヒクソスの支配者たちや、エジプト第二中間期の不安定な時代のファラオの一部、さらには強力な権力を持った女性ファラオであるハトシェプスト、宗教改革を断行したアメンホテプ4世（アクエンアテン）、その後のスメンクカーラー、ツタンカーメン、アイといったアマルナ時代の王たち、さらには女性ファラオのセベクネフェルや、第11王朝初期のメンチュヘテプ1世、およびアンテフ1世、2世、3世などがリストから省かれています。これは、この王名表が単なる客観的な歴史記録ではなく、作成当時の政治的、宗教的な正統性を反映したものであることを示唆しています。

王名表に記されているファラオの名前は、元々の古代エジプト語の音を英語に転写したものが学術的な資料などで用いられています。インプット情報に示されているLeprohon (2013)のような研究書に詳細な転写が掲載されており、日本語への転写も様々なバリエーションが存在します。

アビドス王名表に名前が記載されている王朝としては、第1王朝から第6王朝までの古王国時代、短命に終わった第8王朝、そして中王国時代の始まりを築いた第11王朝および第12王朝、さらに新王国時代の偉大な王朝である第18王朝、そしてこの王名表を作成させたセティ1世が属する第19王朝などが含まれています。

古代エジプトには、アビドス王名表の他にも、王の系譜を記録した重要な資料がいくつか存在します。代表的なものとしては、詳細な情報を含むことで知られるトリノ王名表、サッカラにある王墓から発見されたサッカラ王名表、神殿の壁に刻まれたカルナック王名表やメディネト・ハブ王名表などがあり、これらは互いに補完し合う形で古代エジプト史の復元に貢献しています。

これらの他の王名表と比較検討することで、アビドス王名表の持つ独自性や、当時の支配者層がどのような歴史観を持っていたのかをより深く理解することができます。セティ1世の葬祭殿に刻まれたこの壮大なリストは、古代エジプトの長い歴史を後世に伝える貴重な遺産です。

もう一度検索