アフマド・ハサン・アル＝バクル

アフマド・ハサン・アル＝バクル：イラク近代史の転換期を生き抜いた指導者

アフマド・ハサン・アル＝バクルは、20世紀後半のイラクを語る上で欠かせない人物です。1914年生まれの彼は、軍人としてのキャリアを経て、イラクの政治の中枢に深く関与しました。その生涯は、クーデター、革命、そして権力闘争といった激動の時代と深く結びついています。

ティクリート出身のアル＝バクルは、師範学校卒業後、イラク軍に入隊。士官学校を経て軍隊でキャリアを積み重ね、1958年のイラク革命にも参加し、バアス党員となりました。その後、政権内部での権力争いに巻き込まれ、投獄される経験もしています。彼の政治的基盤は、バアス党内の地域指導部書記長としての地位や、ティクリート出身者を中心とした縁故主義的な人脈にありました。サッダーム・フセインとは従兄弟という関係にあり、後のイラク政治における二人関係を予感させるエピソードです。

1968年のクーデター、いわゆる「7月17日革命」によってバアス党が政権を掌握すると、アル＝バクルは大統領兼首相に就任。革命指導評議会議長も兼任し、イラクの最高権力者となりました。彼は、石油産業の国有化を推進し、ソ連との友好関係を構築するなど、積極的な外交政策を展開しました。1970年代の石油危機を背景とした経済成長は著しく、イラクは世界第2位の石油輸出国へと躍進。国民生活の向上や教育水準の改善にも貢献しました。

しかし、アル＝バクルの絶対的な支配は長くは続きませんでした。1970年代後半、革命指導評議会副議長に就任したサッダーム・フセインの影響力が急速に増大。サッダームは、政府要職に自らの側近を配置し、アル＝バクルの権力を徐々に奪っていきました。国民の間では、大統領宮殿を皮肉交じりに「かの名将の墓場」と呼ぶ声も上がるほど、アル＝バクルの権威は失墜していきました。サッダームは、アル＝バクルを「手の空いた時間を国政とは無関係なことに費やしている。彼は思い出に浸かって生きているだけだ」と酷評するほど、その存在を軽視していました。

1979年、アル＝バクルは健康上の理由を理由に大統領職をサッダームに譲り、政界から引退しました。しかし、この引退は、サッダームを中心としたクーデターによる事実上の追放だったという見方が有力です。サッダームは、アル＝バクルと対立するシリアのアサド政権との統合憲章に反発する勢力を排除する過程で、アル＝バクルをも失脚に追い込んだと推測されています。

1982年、アル＝バクルは68歳で死去しました。彼の治世は、イラクの近代化と経済発展に貢献した一方で、サッダーム台頭という暗い影を落とした時期でもありました。アル＝バクルの生涯は、イラク近代史の転換期における複雑な権力闘争と、その中で生きた一人の指導者の悲劇的な運命を物語っています。彼の業績と影の部分を理解することは、現代イラクを理解するための重要な鍵となります。

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