アブサロム

アブサロム（ヘブライ語: אַבְשָׁלוֹם、古代ギリシア語: Αβεσσαλώμ、ラテン文字表記: Absalom）は、旧約聖書における重要な人物の一人であり、古代イスラエルの王ダビデの三男にあたります。その名前は「平和の父」という意味を持つ一方で、彼の生涯は争乱と反逆、そして悲劇に彩られたものでした。聖書協会共同訳においては、「アブシャロム」と表記されています。イスラエルの民からその類稀なる美貌を称賛され、自身も揺るぎない自信を抱いていたと記されています。

生涯

ダビデ王には複数の妻がいましたが、アブサロムはゲシュルの王タルマイの娘マアカから生まれました。彼は妹のタマルを深く愛していましたが、タマルが自身の異母兄であるアムノンによって辱められたことを知り、激しい怒りを抱きました。アブサロムは直接的な行動に出る前に、復讐の機会を虎視眈々と二年間にわたり狙っていました。二年後、彼はバアル・ハツォルで羊の毛刈りのための宴を催し、兄弟たち全員を招集しました。そして、事前に手配していた部下に命じ、その宴の席でアムノンを殺害させたのです（『サムエル記』下13章）。この行為の後、アブサロムは母方の祖父であるタルマイのもとへ身を寄せ、三年間を過ごしました。その後、ダビデ王の許しを得てエルサレムへと帰還を果たします。

帰還から四年後、アブサロムは周到な準備を重ねた上で、父であるダビデ王に対し、反乱の狼煙を上げました。彼はユダ族の中心都市であるヘブロンで挙兵し、自らがイスラエルの王となることを宣言しました。反乱は計画通りに進み、当初は成功するかに見えました。イスラエルおよびユダの多くの民がアブサロムを支持し、ダビデ王のもとに忠誠を保ったのは、傭兵部隊とされるクレタ人、ペレティ人、そしてガトからの者たちといった限られた者たちのみでした。事態を重く見たダビデ王は、王都エルサレムから逃れることを余儀なくされます。一方で、都に残ることを選んだ祭司たち、ツァドクとアビアタルは、彼らの息子であるヨナタンとアヒマアツを通じてダビデ王に重要な情報を提供することになります。

アブサロムはエルサレムに入城し、その知謀で名高いアヒトフェルを軍師として自陣に迎え入れました。彼は直ちにダビデ王の追跡を命じ、ダビデ王はヨルダン川を越えてさらに東へと逃れました。しかし、ダビデ王は事前にアルキ人フシャイをアブサロムのもとに送り込み、アヒトフェルとアブサロムの間を裂くための計略を仕掛けていました。アヒトフェルがダビデを速やかに追跡し捕縛すべきと即時追撃を進言したのに対し、フシャイは全軍を集結させてから万全の体制で攻撃すべきだと全く逆の献策を行ったのです。アブサロムはフシャイの提案を良しとし、アヒトフェルの案は退けられました。この判断により、ダビデは最大の危機を脱し、ギレアド地方へと逃れて態勢を立て直し、反撃に必要な軍勢を集める貴重な時間を稼ぐことができたのです。自らの献策が退けられ、ダビデを取り逃がすことになったアヒトフェルは深く失望し、自ら命を絶ちました。

兵力を集めたダビデ王は反撃に転じ、アブサロム率いる反乱軍とエフライムの森で激突しました。この戦いでアブサロム軍は完全に打ち破られ、多くの犠牲を出しました。アブサロム自身はラバに乗り、一人戦場からの脱出を図りました。その時、アブサロムの自慢の豊かな長髪が、低い位置に伸びた樫の枝に絡まり、彼は木の間に宙吊りの状態となってしまいました。ダビデ王は、いかなる状況でもアブサロムに危害を加えないよう部下に厳しく命じていました。そのため、彼を発見した兵士は王の命令に従い、直接手を下さず、指揮官であるヨアブに報告しました。ダビデの腹心であり軍の指揮官であったヨアブは、現場に急行したダビデ王命を恐れて二の足を踏む兵士たちの前で、彼は自らアブサロムの心臓に3本の槍（または棒）を突き刺し、さらに従者たちにも攻撃させて、その息の根を止めました。

自身に反逆した息子ではありましたが、ダビデ王はアブサロムの死の報告を聞き、激しく嘆き悲しみ、慟哭しました。アブサロムは生前、子孫がいないことを憂え、エルサレム近郊の王の谷に自身の記念碑を建立しており（『サムエル記』下18章18節）、その名が後世に伝えられることとなりました（ただし、現在「アブサロムの墓」として知られる建物は、後代に建設されたものです）。

子孫

『サムエル記』下14章27節によれば、アブサロムには三人の息子と一人の娘タマルがいたと記されています。しかし、『サムエル記』下18章18節では、彼自身が「私には子孫の中に自分の名を残す息子がいない」と語っていることから、息子たちは幼くして亡くなったか、あるいは後継者となるべき息子がいなかったと考えられています。

一方で、『歴代誌』下11章20節には、アブサロムの娘であるマアカが、ユダ王国の初代王レハブアムの妻（または側女）となり、その子アビヤ（アビヤムとも）を生んだという記述も見られます。ただし、『歴代誌』下13章2節では、このアビヤの母をウリエルの娘ミカヤとしており、系図解釈には異論が存在します。

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