アブシシン酸

アブシシン酸 (Abscisic acid, ABA)

アブシシン酸は、植物ホルモンの一種であり、乾燥などの環境ストレスに反応して合成される特異な物質です。化学構造上、セスキテルペンに属し、分子式はC15H20O4です。これにより、アブシシン酸は「ストレスホルモン」とも呼ばれ、さまざまな生理作用を通じて植物の生存に寄与しています。

発見と命名の歴史

アブシシン酸の研究は1950年代から1960年代にかけて進展しました。1961年には、LiuとCarnsによりワタの葉柄から単離された物質が「アブシシン」と名付けられました。また、1963年には大熊和彦らが同様の物質を「アブシシンII」と呼びました。これらの研究の中で、1967年に行われた国際植物生長物質会議において、正式な名称が「アブシシン酸」に統一され、略称は「ABA」となりました。

主な生理作用

1. 気孔の閉鎖と乾燥耐性の獲得

アブシシン酸の最も顕著な機能は、気孔を閉じることによって植物が水分を保持する手助けをすることです。水不足の状況で、植物はアブシシン酸を合成して気孔を閉じ、蒸散を減少させます。この反応は、高等植物が水ストレスに直面したときに見られ、アブシシン酸が大気中の水分量を最適化する役割を果たします。

2. 種子の発達と成熟の促進

アブシシン酸は、種子の発達過程でも重要な役割を果たします。特に、胚が成長して形態的に完成する時期に蓄積されることが確認されています。アブシシン酸の作用が欠如した突然変異体では、未熟な種子が正常な成長を待たずに発芽してしまうことが観察され、このことからアブシシン酸が種子の成熟に必要不可欠であることが示されています。

3. 発芽および休眠の調整

アブシシン酸は、ジベレリンという発芽を促進するホルモンに対抗するように作用し、種子の休眠を誘導する働きがあります。この相互作用があるため、アブシシン酸は植物が最適な時期に成長を始められるように調整しています。

4. 器官の離脱

アブシシン酸は、果実や葉が植物から離脱する過程にも関与します。ただし、この作用はエチレンなど他のホルモンと相互に働き合うため、単独の要因とは考えられていない部分も多いです。

生合成と不活化

アブシシン酸は、ピルビン酸からカロテノイド経路を通じて合成されます。重要な酵素としてNCEDがあり、これが生合成の調節を行っています。また、アブシシン酸は体内で不活性化する経路も持ち、最も主要なものは水酸化反応です。

受容体とシグナル伝達

2006年以降、アブシシン酸の受容体が報告され、ABA受容体ファミリーであるPYR/PYL/RCARがその主要な役割を果たしています。この受容体が機能することによって、植物内部での信号伝達が円滑に行われ、アブシシン酸の効果が適切に発揮されます。

まとめ

アブシシン酸はその生理的役割や、様々な植物ストレスに対する応答から、植物生理学において非常に重要なホルモンであることがわかります。今後の研究によってそのメカニズムや作用がさらに解明されることが期待されます。

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