アブダガセス1世

アブダガセス1世

アブダガセス1世（紀元50年頃から65年頃に在位）は、北西インドを中心に栄えたインド・パルティア王国の王です。この王国で最も偉大な支配者とされるゴンドファルネスの甥にあたり、彼の死後にその広大な版図と王位を継承しました。

王国の継承と衰退

アブダガセス1世は、ゴンドファルネス王の兄弟であるガダナの子として生まれました。叔父のゴンドファルネスが確立した強力な支配体制の後継者となりましたが、ゴンドファルネスの死去に伴い、かつて繁栄を極めたインド・パルティア王国はたちまち分解を始めます。アブダガセス1世は名目上の王となったものの、彼の叔父が有していたような絶大な権力や影響力を維持することはできませんでした。この頃、ゴンドファルネスにはカパという息子がいたことが知られていますが、アブダガセス1世との具体的な関係性については、現在のところ明らかになっていません。

称号と群雄割拠

アブダガセス1世は、彼自身「救世主たる王」や「大王」といった権威ある称号を名乗りました。しかし、これは彼の治世下における王国の実情とはかけ離れたものでした。

同じ時期、ゴンドファルネスが支配していた旧領の各地では、有力者たちが続々と自立勢力を形成していました。特筆すべきは、ゴンドファルネスに仕えた名門アスヴァヴァルマ家の将軍であったササや、後にインド・パルティア王国の歴史において「最後の王」とされるパコレスといった人物たちです。パコレスの出自や正体については諸説あり、確定していません。これらの人々もまた、アブダガセス1世と同様に「諸王の王」や「大王」といった壮大な称号を自称し、それぞれの領域で支配権を確立しようとしました。さらに、サペダマやサタヴァストラといった他の人物たちもまた、この混乱期に乗じて独立勢力として台頭しました。

勢力間の抗争と記録

アブダガセス1世、ササ、パコレス、そしてその他の自立勢力は、ゴンドファルネスの遺領を巡って相互に激しく争いを繰り返していたと考えられています。こうした群雄割拠の状況と、彼らが繰り広げた抗争の一端は、古代ローマ時代に書かれたと考えられる航海記『エリュトゥラー海案内記』にわずかながら記録として残されています。この記録は、この時期のインド・パルティア王国とその周辺地域がいかに不安定で分裂していたかを示す貴重な史料となっています。

アブダガセス1世の治世は、インド・パルティア王国が最盛期から急速な衰退・分裂へと向かう、激動の転換期にあたります。彼は偉大な叔父の後を継ぎながらも、王国の瓦解を食い止めることはできず、多くの自立勢力が割拠する中でその支配は限定的なものに留まりました。彼の名は、ゴンドファルネスの栄光とその後の混乱を象徴する存在として歴史に刻まれています。

もう一度検索