アブラハム・オルテリウス

アブラハム・オルテリウス：近代地図製作の父

アブラハム・オルテリウス (1527年-1598年) は、ベルギー・アントウェルペン出身の地図製作者にして地理学者であり、近代的地図製作の礎を築いた人物として知られています。裕福なオルテリウス家の出身である彼は、若くしてヨーロッパ各地を広く旅しました。商業目的の旅行も多く、フランクフルトの見本市への訪問も頻繁に行っていました。1547年にはアントウェルペンの聖ルカ組合（地図刷り師組合）に加入し、地図製作の道を歩み始めます。

オルテリウスの転機は、1560年頃に訪れました。当時、メルカトル図法で名高いゲラルドゥス・メルカトルとの交流を通して、彼は単なる商人から科学的な地理学者へと転身します。この出会いを契機に、オルテリウスは地図製作に情熱を注ぎ込み、後に彼の名を不滅のものとする大事業に取り組み始めます。

その代表作が、1570年に出版された『Theatrum Orbis Terrarum』（世界の舞台）です。これは世界初の近代的アトラスとして歴史に名を刻み、53枚の地図から成るこの壮大な作品は、たちまちヨーロッパ中で人気を博しました。オランダ語、フランス語、ドイツ語版が出版され、オルテリウスの死後も1612年まで版を重ね、絶大な影響力を持つことになります。1595年の版には、ヨーロッパで初めてとなる日本地図が追加されました。

『世界の舞台』は、単なる地図集ではありませんでした。オルテリウスは、膨大な情報を集め、精緻な地図を作成するだけでなく、地理学的な解説も付加しました。彼は、自身の広範な旅行経験や、他の地図製作者、学者からの情報などを集約し、当時の地理学的知識を網羅しようとしたのです。そのため、版を重ねるごとに地図の内容は修正・加筆され、著者の数も増加していきました。初期の版には、後に架空と判明する島々も含まれており、当時の地理学の未解明な部分も垣間見ることができます。しかし、それらの誤りや不正確さにも関わらず、『世界の舞台』は、その時代の地理学的知識の集大成であり、後世の地図製作に多大な影響を与えました。

オルテリウスの地図作成における貢献は、『世界の舞台』だけではありません。彼は、1564年に8枚組の世界地図（mappemonde）を制作し、これは後に『世界の舞台』に縮小版として収録されました。また、エジプト、アジア、スペインなどの地図も出版しています。さらに、1573年には『世界の舞台』の補足地図集である『Additamentum Theatri Orbis Terrarum』を出版し、その後も追加版を出し続けました。

オルテリウスは、地図製作以外にもコインやアンティーク収集にも熱心で、そのコレクションは書籍として出版されるほどでした。1575年には、スペイン王フェリペ2世の地理学者にも任命されています。彼の功績は、長く埋もれていましたが、近年の研究により改めて高く評価されています。オルテリウスは、単なる地図製作者を超え、近代地理学の発展に大きく貢献した、真のパイオニアであったと言えるでしょう。彼の『世界の舞台』は、世界地図の概念を革新し、現代の地図学に繋がる重要な一歩となりました。

参考文献:

ニールド, テッド『超大陸 100億年の地球史』松浦俊輔訳、青土社、2008年
ディ・キャンプ, ライアン・スプレイグ『プラトンのアトランティス』小泉源太郎訳、角川春樹事務所、1997年
* クーマン, C.『近代地図帳の誕生 - アブラハム・オルテリウスと「世界の舞台」の歴史』船越昭生監修、長谷川孝治訳、臨川書店、1997年

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