アブヴィル文化

アブヴィル文化（アブヴィルぶんか）は、ヨーロッパ大陸における最も古い時代の石器製作技術の伝統を示す文化期の一つとして知られています。その名称は、フランス北部、ソンム川沿いにあるアブヴィルの地名に由来しています。かつては「シェル文化」とも呼ばれていましたが、現在ではアブヴィル文化、あるいはさらに古いオルドワン文化や後のアシュール文化の一部として捉えられる傾向にあります。

研究史

アブヴィル文化に関する研究は、19世紀半ばに遡ります。フランスの税関職員であったジャック・ブーシェ・ド・ペルテは、1836年にアブヴィル近郊のソンム川沿いにある道路工事現場で、古い時代のものと思われる石器を多数収集し、その成果を発表しました。これが、この時代の研究の端緒となりました。

その後、パリの人類学教授ルイ・ロラン・ガブリエル・ド・モルティエが1882年に著書『Le Prehistorique, antiquité de l'homme』を出版し、この中でアブヴィルの遺跡名を冠してこの時代区分を初めて提唱しました。さらに後年、著名な考古学者であるアンリ・ブルイユが、「アブヴィル文化」という呼称を用いることを提案し、これが広く受け入れられることとなりました。

なお、アブヴィルから比較的近いパリ郊外のシェルという町で発見された遺物を含む文化を「シェル文化（Chellean）」と呼ぶ時期もありました。シェルで発見された石器とアブヴィルのものが類似していたことから、一部の研究者は一時的にシェルの名を優先しましたが、現在ではこの用語はあまり使われなくなっています。また、1959年にアフリカのオルドヴァイ峡谷でさらに古い時代の石器（オルドワン石器）が発見されて以降、アブヴィル文化という呼称自体も、特に世界規模で人類の進化を論じる文脈では次第に使われなくなり、ヨーロッパに限定されることが多くなりました。

文化の概要

アブヴィル文化の担い手は、ヨーロッパに最初に現れた旧人類の一部であり、具体的には後期ホモ・エレクトスに分類されるホモ・アンテセッサーやホモ・ハイデルベルゲンシスであったと考えられています。

アブヴィル文化期に製作された石器の主な特徴は、「石核」（芯石）と呼ばれる石塊から剥片を剥ぎ取ることで形作られた、比較的荒削りな道具、特に両面加工のハンドアックス（握斧）です。初期の旧石器時代において、道具製作の主流は石核を加工することでしたが、後のアシュール文化期になると、剥がした「剥片」そのものを加工してより洗練された道具を作る技術も発展しました。しかし、オルドワン石器の研究から、最古の石器製作においては石核と剥片の明確な区別が難しかったことが示されています。

この技術的な観点から、アブヴィル文化はしばしば、より広範なアシュール文化の初期段階として位置づけられる傾向が強いです。

アブヴィル文化の標識的な遺跡は、ブーシェ・ド・ペルテによって最初に調査されたアブヴィルのソンム川沿いの段丘にあります。ここで見つかったハンドアックスなどの道具は、約47万8千年前から42万4千年前の、更新世のエルスター氷期に製作されたものと推定されています。

年代については、アブヴィル文化は前期旧石器時代（約250万年前から始まった時代）の終わり頃に位置づけられますが、その正確な時期については議論があります。一般的には、約70万年前以降の中期更新世にヨーロッパで発生したと考えられており、これはギュンツ氷期とミンデル氷期という二つの氷期にまたがる時期です。しかし、近年イギリスのイースト・アングリアで発見された古い石器の証拠により、さらに古い約70万年前に近いギュンツ氷期側に位置づける可能性も指摘されています。

アブヴィル文化の担い手は、ヨーロッパで独自に進化したのではなく、東方からこの地域へ移動してきた集団であるという見方が有力です。彼らはホモ・エレクトゥスの系統に連なり、先行するオルドワン石器の技術を持っていましたが、後にヨーロッパでは、より進んだアシュール文化（クラクトン文化やタヤク文化などを含む）が主流となり、さらにその後、剥片石器技術が高度化したレヴァロワ技法やムスティエ文化へと技術が発展し、これはネアンデルタール人などの活動と関連付けられています。

現代における位置づけ

1959年のオルドワン石器発見は、人類技術史におけるアブヴィル文化の位置づけを大きく変えました。それまでヨーロッパ最古と考えられていたアブヴィル文化よりも、アフリカのオルドワン文化がはるかに古いことが明らかになったため、人類の起源地がアフリカであるという考え方が主流となりました。これにより、旧石器時代初期の呼称として、特にアフリカやアジアの文脈では「オルドワン」という言葉が用いられるようになり、世界的な学術用語としては「アブヴィル文化」の人気は低下しました。

現在でもこの呼称が使われることはありますが、多くの場合、ヨーロッパに限定された文脈でのみ用いられ、その科学的な位置づけや定義も流動的であり、アシュール文化の初期段階として包括的に扱われることが増えています。

遺跡の年代特定は困難を伴うことが多く、特に70万年前よりも古いとされる時期の年代は、科学的な検証が進んだもの以外は暫定的な推定に留まっています。一部の研究者は、特定の文化名を避けて、単純に発見された石器の特徴から「手斧を伴う遺跡」または「手斧を伴わない遺跡」といった表現を用いることもあります。これは、同じ遺跡から異なる時期や文化段階の遺物が見つかることがあるためです。

アブヴィル文化は、人類がヨーロッパに拡散し、石器製作技術の初期段階を経て、やがてより洗練されたアシュール文化へと移行していく過程を示す、重要な痕跡の一つと言えます。しかし、その研究史や他の文化との関連性、厳密な年代については、現在も研究と議論が続けられています。

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