アブー・ウバイド・バクリー

アブー・ウバイド・バクリー：中世イスラーム世界を繋いだ地理学者

アブー・ウバイド・バクリー（1014年頃 - 1094年没）は、アンダルス（イスラム支配下のイベリア半島）を代表する地理学者、歴史学者です。現代に残る著作は少ないものの、その功績は後世に多大な影響を与えました。特に『諸道と諸国の書』は、中世西アフリカに関する貴重な情報を提供する一次史料として、歴史研究において高い評価を得ています。

華麗なるアンダルスの血筋と学問への道

バクリーは、ウエルバ（現在のスペイン南部）の小国の王子として誕生しました。父は、後ウマイヤ朝の崩壊に乗じて自立を試みましたが、長くは続かず、バクリーはコルドバへと移り住みます。そこで、彼は著名な地理学者ウズリーと歴史学者イブン・ハイヤーン・クルトゥビーに師事し、地理学と歴史学の基礎を築きました。その後、アルメリアのカリフの宮廷で仕え、セビリアにも長く滞在。エル・シッドがアルフォンソ6世からの贈り物を持って宮廷に訪れた際にもセビリアにいたという記録が残されています。しかし、バクリーは著書で記した地域を実際に訪れたことはなく、生涯の大半をコルドバで過ごし、そこで亡くなりました。

貴重な記録『諸道と諸国の書』

バクリーの著作は、多くが失われてしまいましたが、現代に伝わる二つの著作のうち、『諸道と諸国の書』（Kitāb al-Masālik wa al-Mamālik）は特に重要です。この書は、バクリーが1068年に完成させた地誌で、商人や旅行者の報告、様々な文献を基に編纂されました。中でも、9～10世紀の商人、ムハンマド・ブン・ユースフ・ワッラークやイブラーヒーム・ビン・ヤアクーブ・トゥルトゥーシーらの記録が大きく貢献しています。

西アフリカとトランス＝サハラ交易の解明

『諸道と諸国の書』は、西アフリカの歴史を知る上で極めて貴重な一次史料です。ガーナ帝国やムラービト朝といった勢力の状況、10～11世紀のトランス＝サハラ交易の様子など、詳細な記述が多数含まれています。バクリーは、ワッラークなどから得た10世紀の情報に加え、執筆時点の最新情報も織り交ぜています。例えば、ニジェール川流域の交易都市の様子について、イスラム教が本格的に浸透していなかったこと、ガオがムスリム住民がいた数少ない都市の一つだったことなどを記しています。

広範な地域への視点

バクリーの記述は西アフリカに限らず、北アフリカ、ヨーロッパにも及びます。特に、10世紀のスカンジナビア半島や東欧に関する記述は、トゥルトゥーシーの報告に基づいています。これらの情報は、当時の地域社会の実情を知る上で貴重な手がかりとなります。

失われた薬草学の著作

バクリーには、『Aʿyān al-nabār』あるいは『Kitāb al-nabāt』という薬草学に関する著作があったと考えられていますが、現在では失われています。しかし、後世の学者が薬草学の権威としてバクリーの名を挙げており、その存在を示唆しています。

バクリーの遺産

アブー・ウバイド・バクリーの著作は、その客観性と詳細さで知られています。地理的記述にとどまらず、そこに住む人々の風習や土地にまつわる逸話などを織り交ぜた描写は、現代の私たちにも興味深く読まれています。彼の著作はアラビア語圏で長く読み継がれ、中世イスラーム世界の人々の地理認識や世界観を理解する上で、欠かせない資料となっています。バクリーの残した知識は、現代においても、歴史、地理、文化研究に多大な貢献を続けています。

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