アブー・サイード

アブー・サイード・ハン：イルハン朝の黄昏を彩った君主

アブー・サイード・ハン（1304年 - 1335年）は、イルハン朝の第9代君主として、激動の時代を生きました。父オルジェイトゥの後を継ぎ、若くしてハン位に就いた彼の生涯は、権力闘争、愛憎、そして王朝の衰退という、複雑な要素が絡み合ったものでした。

若き君主の即位と初期の治世

1316年、父オルジェイトゥの死後、アブー・サイードは廷臣たちの推戴を受け、ハン位を継承します。しかし、彼はまだ若く、政治の実権は宰相ラシードゥッディーンや軍総司令官チョバンらに委ねられました。特に、チョバンの存在は大きく、アブー・サイードの後見人として、王朝の安定に貢献しました。

しかし、初期の政権は安定していたとは言えませんでした。ラシードゥッディーンとタージェッディーン・アリー・シャーは常に対立し、アリー・シャーの讒言により、アブー・サイードは1317年にラシードゥッディーンを宰相職から罷免。翌年には、ラシードゥッディーンが父オルジェイトゥを毒殺したという告発を受け、彼とその息子を処刑するという事件も起こりました。

また、ジョチ・ウルスのウズベク・ハンがカフカスを越えて侵攻してくると、アブー・サイードは自ら軍を率いて迎え撃とうとしましたが、チョバンの進軍を聞いたウズベク・ハンは撤退しました。

チョバンの台頭と君主の苦悩

アブー・サイードは、自身を助けたチョバンに恩義を感じていましたが、成長するにつれて、チョバンの絶大な権勢を疎ましく思うようになります。さらに、チョバンの娘であるバグダード・ハトゥンに横恋慕してしまい、彼女を妃にしようとしますが、彼女は既に有力なアミールであるシャイフ・ハサン（大ハサン）に嫁いでいました。

この横恋慕が、アブー・サイードとチョバンの関係に決定的な亀裂を生じさせます。チョバンは、アブー・サイードに冬営地をバグダードにするよう進言する一方で、娘夫婦をカラバクに移しますが、アブー・サイードの恋心は募るばかりでした。そして1326年、アブー・サイードはついにチョバン討伐を決意。チョバンも対抗しましたが、多くのアミールはアブー・サイードを支持し、チョバンはヘラートに逃亡。最終的に、チョバンとその一族は殺害され、バグダード・ハトゥンはアブー・サイードの妃となりました。

王朝の衰退と君主の最期

チョバン一族の粛清後、イルハン朝には王朝を主導する有能な臣が現れず、重臣間の権力闘争と反乱が頻発しました。アブー・サイードはこれらの混乱を抑えることができず、王朝は衰退の一途を辿ります。また、王朝内の混乱に乗じて、ウズベク・ハンが1334年に再度侵攻してきます。

1335年、アブー・サイードはウズベク・ハンを迎え撃つために出陣しますが、陣中で病に倒れ、11月30日に31歳の若さで死去しました。彼には嗣子がおらず、アルグン系統の嫡流はここに断絶。イルハン朝は、更なる混乱へと突き進むことになります。

人物像

イブン・バットゥータは『三大陸周遊記』で、アブー・サイードを芸術を愛し、リュートの演奏に優れた人物と評しています。また、マムルーク朝の歴史家イブン・タグリービルディーは、「堂々たる風貌の君主、勇敢で才能豊か、寛大で機知に富んでいる」と評していますが、これは当時の両国の友好関係を考慮する必要があるかもしれません。

アブー・サイードの死については、『三大陸周遊記』で、父と一族を殺戮したアブー・サイードに恨みを抱いたバグダード・ハトゥンによる毒殺説が紹介されていますが、真相は定かではありません。

アブー・サイード・ハンは、イルハン朝の黄昏期を象徴する君主でした。若くして即位し、権力闘争と愛憎に翻弄されながら、王朝の衰退を食い止めることができなかった彼の生涯は、歴史の儚さを物語っています。

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