イブン・バットゥータ

イブン・バットゥータ：14世紀を駆け巡った冒険家の生涯

イブン・バットゥータ（1304年頃-1368年頃）は、マリーン朝時代のモロッコ・タンジェ出身の旅行家です。彼は21歳でメッカへの巡礼を皮切りに、実に30年もの歳月をかけて、陸路と海路を駆使し、広大な地域を旅しました。その足跡は、北アフリカ、西アフリカ、東アフリカ、ヨーロッパ、中東、南アジア、東南アジア、そして中国にまで及びます。

彼の冒険の記録は、『諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物』（通称『リフラ』）という旅行記にまとめられています。この旅行記は、イブン・バットゥータ自身の体験談だけでなく、彼が旅先で出会った人々や文化、そして歴史的出来事についての貴重な情報が満載であり、中世の世界を知る上で極めて重要な史料となっています。

出自と最初のハッジ

イブン・バットゥータは、法学者であるウラマーの家に生まれました。ベルベル人のラワータ部族にルーツを持つ彼は、マーリク学派の法学を学んだと考えられています。1325年、21歳の若さで、彼は単身メッカを目指し、壮大な旅に出発します。この旅は、単なる巡礼ではなく、彼の生涯における大冒険の始まりを告げるものでした。

メッカ巡礼と最初の分岐点

北アフリカ海岸沿いを旅したイブン・バットゥータは、途上で結婚するなど、多くの出来事を経験します。エジプトのアレクサンドリアでは、2人の聖者に出会い、世界の旅人となることを予言されます。この予言は、彼の今後の旅に大きな影響を与えることになります。メッカに到着した後、彼は帰国する道ではなく、未知なる世界への旅路を選択し、モンゴル帝国のイルハン朝へと向かいます。

中東・中央アジアへの旅

イラク、ペルシアを経由し、バグダードではイルハン朝の最後の君主アブー・サイードの行列に出会います。その後、シルクロードを北上し、タブリーズを訪れたり、モンゴルの支配者ウズベク・ハンに仕えたりしました。この地域での旅は、イブン・バットゥータの旅行記の中でも、異文化との交流や、モンゴル帝国の広大な領土、そして異様な風習を垣間見れる貴重な記録となっています。

アラビア半島、東アフリカそしてインドへ

アラビア半島、紅海沿岸を旅したイブン・バットゥータは、ソマリア、スワヒリ海岸を訪れます。モガディシュの繁栄ぶりや、キルワ王国のスルタンとの交流など、当時の東アフリカ社会の様子を詳細に記録しています。

その後、イブン・バットゥータはアナトリア半島を経由して中央アジア、そして南アジアへと向かいます。インドではデリー・スルターン朝のムハンマド・ビン・トゥグルクの庇護を受け、法官として仕えました。

インドでの生活と新たな冒険

インドでの生活は、彼にとって華やかさと危険が同居するものでした。スルタンの寵愛を受けつつも、政治的陰謀に巻き込まれ、しばしば窮地に陥ることもありました。インドを離れたイブン・バットゥータは、中国を目指す使節として旅を続けます。しかし、途中、山賊の襲撃を受け、窮地を脱出するといった波乱万丈な旅路が続きます。

東南アジア、中国そして帰郷

インド洋を渡り、イブン・バットゥータは東南アジアを巡ります。スマトラ島のサムドラ・パサイ王国、マレー半島、そしてベトナムを訪れ、中国福建省の泉州に到着します。中国では、泉州、広州、杭州、北京を旅し、元の皇帝トゴン・テムルにも謁見しました。この中国での記録は、当時の中国社会や文化、そしてモンゴル帝国の支配の様子を伝える貴重な史料となっています。

帰郷と最期

中国を離れたイブン・バットゥータは、長年の旅を終え、1349年に故郷モロッコへ帰国します。しかし、帰国後も彼は安住せず、アンダルスや西アフリカのマリ帝国へ旅に出かけました。マリ帝国の首都やトンブクトゥを訪れた記録は、西アフリカの歴史を知る上で非常に貴重な情報となっています。

『リフラ』とその影響

帰国後、イブン・バットゥータは彼の壮大な旅の記録を『リフラ』としてまとめました。この旅行記は、19世紀になってヨーロッパに紹介され、世界各国語に翻訳され、広く読まれました。

イブン・バットゥータの旅行記は、単なる旅行記にとどまらず、当時の世界各地の政治、経済、文化、社会、宗教といった様々な側面を記録した貴重な歴史資料です。また、彼の冒険心と探究心は、後世の探検家や旅行家たちに大きな影響を与えました。彼の名は、歴史に名を残す偉大な旅行家として、今もなお人々の記憶に刻まれています。

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