アペレス

古代ギリシアの巨匠、画家アペレス

アペレスは、古代ギリシアを代表する画家であり、その名声は古代から現代に至るまで語り継がれています。彼の作品は残念ながら現存していませんが、大プリニウスの『博物誌』をはじめとする古代の文献から、その卓越した才能と数々の逸話を知ることができます。

生涯

アペレスは、イオニア地方のコロフォン出身であると考えられています。エフェソスの画家エポロスの下で修行した後、シキュオンのパンピリオスの弟子となり、ドーリアの力強さとイオニアの優雅さを融合させた独自の画風を確立しました。その才能は早くから認められ、マケドニア王国のピリッポス2世の宮廷[[画家]]として迎えられ、ピリッポス2世やその息子アレクサンドロス大王の肖像画を描きました。

アペレスの描いた雷を抱えるアレクサンドロス大王の絵は、リュシッポスの槍を持つアレクサンドロス大王の彫刻と並び称されるほどの傑作とされています。

アペレスとプトレマイオス1世の逸話

アペレスの似顔絵の腕を示す有名な逸話があります。当時アレクサンドロスの部下だったプトレマイオス1世とアペレスは、アレクサンドロスの死後、再会します。アペレスが嵐でエジプトに漂着した際、プトレマイオスの道化師が嘘の招待をしたことで、アペレスはプトレマイオスに激怒されます。アペレスは、暖炉の炭で壁に道化師の似顔絵を描き、プトレマイオスは一目でその犯人を見抜いたという逸話は、アペレスの類まれな観察眼と描写力を物語っています。

アペレスとカンパスペ

アレクサンドロス大王の愛妾カンパスペを描いていた際に、アペレスは彼女に恋をしたという逸話も残っています。アレクサンドロス大王は、アペレスの芸術への敬意から、カンパスペをアペレスに贈ったとされています。この逸話は、アペレスが画家としてだけでなく、人間としても魅力的な人物であったことを示唆しています。

アペレスとプロトゲネスの対決

アペレスは同時代の画家プロトゲネスの実力を認めていました。アペレスは、プロトゲネスを訪ねるためにロードス島まで旅をしました。プロトゲネスの工房で、アペレスは、プロトゲネスが絵を描くために準備していたパネルに、美しい色の線を一本描きました。帰宅したプロトゲネスは、その線を見て、アペレスの来訪を悟り、別の色の線で対抗します。アペレスはさらにその線を見て、別の色の線を二本の線の間に引き、プロトゲネスはアペレスの腕を認め、二人は対面を果たした、という話も有名です。

アペレスの作品

残念ながら、アペレスの作品は一枚も現存していませんが、古代の文献から、その作品の数々を知ることができます。

雷を操るアレクサンドロス大王: アレクサンドロス大王の肖像画の中でも特に有名な作品。
海から上がるヴィーナス: アレクサンドロス大王の愛妾カンパスペをモデルにしたとも、高級娼婦フリュネをモデルにしたとも言われています。美の女神ヴィーナスの誕生を象徴する作品として、後世の画家たちにも大きな影響を与えました。
馬上のアンティゴノス1世像: アンティゴノス1世の隻眼を巧妙に隠した肖像画として知られています。
生贄を捧げる少女たちに取り巻かれたアルテミスの肖像: 『オデュッセイア』に登場するアルテミスをモチーフにした作品。
コス島の生贄: ヘーローダースの『擬曲』を題材にした作品。
黒のクレイトスとマケドニアのアルケラオス1世の肖像: 肖像画の名手としての才能を示す作品。
エフェソスのアルテミスの上級祭司の行列: 宗教的なテーマを描いた作品。
誹謗の寓意: ボッティチェッリの『アペレスの誹謗』のインスピレーションとなった作品。

アペレスの作品の一部はローマに持ち込まれ、展示されました。しかし、中にはローマ皇帝によって、アレクサンドロスの顔をアウグストゥスに描き直されたものもあったとされています。

アペレスの芸術的特徴

アペレスの絵画の特徴は、その無限の優美さにあると言われています。彼は、複雑な遠近法を避け、図案を簡素化し、直線の美しさや表現の魅力を追求しました。自然主義的な描写にも優れ、彼が描いたアレクサンドロス大王の手は、まるで絵から飛び出してくるように見えたとされています。また、アペレスは、自然を超えた美しさを人物像に与える能力があったとも言われています。

アペレスの格言と逸話

アペレスは、数々の格言や逸話でも知られています。

「quod manum de tabula scirat（絵を片付けられるのがいつか（彼は知っていた））」: プロトゲネスの才能を認めた言葉。
「ne supra crepidam sutor iudicaret（靴屋は靴より上のことを判断するべきではない）」: 自分の絵を批評した靴屋に対して、専門外のことは口出しするべきではないと諭した言葉。
* 「Nulla dies sine linea（線を描かない日は1日たりともない）」: 毎日必ず絵を描くというアペレスの勤勉さを表す言葉。後世の創作とされています。

アペレスは、絵の保存と色を和らげるための黒ワニスを開発しましたが、その秘密は墓場まで持っていってしまったとも言われています。

アペレスの影響

アペレスは、大胆かつ進歩的な画家であり、後世の画家たちに多大な影響を与えました。彼の作品は失われてしまいましたが、その名声は消えることなく、ルネサンス期の画家たちにも大きな影響を与えました。ラファエロは『アテナイの学堂』にアペレスの姿を描き、ボッティチェッリは『ヴィーナスの誕生』と『アペレスの誹謗』を描きました。

アペレスの色

アペレスの時代には、白、黄、赤、黒の4色しか知られていませんでした。緑、紫、青は後になって発見されたとされています。

アペレスは、古代ギリシアの美術史において、最も重要な画家の一人であり、その名は永遠に語り継がれることでしょう。

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