アメリカの鳥類

『アメリカの鳥類』：博物学と芸術の融合

ジョン・ジェームズ・オーデュボンが生涯を懸けて制作した『アメリカの鳥類』(The Birds of America)は、単なる鳥類図鑑を超えた、博物学と芸術の融合を体現した傑作です。1827年から1838年にかけて、エディンバラとロンドンでセクションごとに刊行されました。

精緻な版画と詳細な生態描写

本書は、99×66センチメートルという巨大な版画で、アメリカ合衆国に生息する鳥類を、手彩色による等身大で描いています。現在では絶滅したと考えられているカロライナインコ、リョコウバト、カササギガモなど6種を含む、多様な鳥類が鮮やかに表現されています。鳥のスケッチの背景には、オーデュボンのアシスタント、ジョゼフ・メイソンが描いた植物が描かれており、自然環境の中で生き生きとした鳥の姿を捉えています。

オーデュボンは、油彩画をほぼ断念し、水彩、パステル、鉛筆、木炭など様々な画材を駆使することで、鳥の羽毛の質感や色彩を驚くほどの精度で再現しました。彼は、死んだ鳥を針金と糸を用いて生きているかのようなポーズに固定するという独自の技術を開発し、精密な観察に基づいた写実的な描写を実現しました。

出版までの道のり：困難と成功

オーデュボンは、北アメリカにいるあらゆる鳥を描くという壮大な目標を掲げ、資金調達のため、アメリカ東海岸で講読予約者を募りましたが、十分な成果は得られませんでした。そこで、1826年にイギリスへ渡り、優れた技術を持つ彫版工や印刷業者を探して、版画の制作を開始しました。

当初はエディンバラの彫版工と契約しましたが、彩色工のストライキにより中断を余儀なくされ、その後ロンドンのハヴェル父子と契約、1838年にプロジェクトは完成しました。この版は、印刷業者名から「ハヴェル版」、あるいはサイズの大きさから「ダブル・エレファント・フォリオ」と呼ばれ、手製紙に銅板エッチング、エングレーヴィング、アクアチントなどを用いて印刷され、水彩で手彩色された、非常に高価なものでした。

オーデュボンは、ヨーロッパ各地を旅しながら富裕層に版画の予約購読を募り、フランス王シャルル10世や英国王妃アデレード、そして後にアメリカの著名政治家であるダニエル・ウェブスターやヘンリー・クレイなども購読者となりました。版画は毎月あるいは2ヶ月おきに、ブリキのケースに入った5冊セットで発行されました。13年をかけて制作された435枚のプレートは、莫大な費用をかけた大事業でした。

テキストは、オーデュボンとスコットランドの博物学者ウィリアム・マクギリヴレイが共同で執筆した『鳥類の生態』(Ornithological Biography)として別巻で刊行されました。

多様な版と普及

フォリオ版に加え、オーデュボンはより入手しやすいロイヤル・オクターヴォ版を制作し、1844年に1199セットを販売しました。さらに、ビアン版など様々な版が制作されましたが、アメリカ南北戦争の影響などで全てが完成したわけではありません。

世界的な影響と価値

『アメリカの鳥類』は、博物図鑑の最高峰として後世に多大な影響を与え、現在でも世界各地の美術館や図書館に所蔵され、高額で取引されています。1854年には、ペリーが日本に献上した品目にも含まれていました。

現在、トリニティ・カレッジ、ルイジアナ州立大学、ミシガン大学、ピッツバーグ大学、ドレクセル大学などの機関が所蔵しており、一部は一般公開されています。ミシガン大学では、ウェブサイトで全プレートを公開しています。また、テイラーズ博物館などでは、初版とそれを展示するテーブルを所蔵・展示しています。

オークションでの落札価格は数百万ドルに達し、稀少性の高さを物語っています。また、1830年代には、イギリスのテキスタイルデザインにも影響を与えました。

『アメリカの鳥類』は、自然への深い愛情と芸術的な才能、そして並々ならぬ努力によって生み出された、人類の文化的遺産と言えるでしょう。その精緻な図版と詳細な生態描写は、現代においても人々を魅了し続けています。

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