アメリカサイバー軍

アメリカサイバー軍（USCYBERCOM）

アメリカサイバー軍（United States Cyber Command、略称：USCYBERCOM）は、アメリカ合衆国がサイバー空間における軍事作戦遂行のため設置した統合軍です。国家の安全保障に不可欠なサイバー領域において、防衛、攻撃、および関連する情報収集といった多様な任務を担っています。

設立とその経緯

USCYBERCOMは、当初、米軍の統合軍の一つである戦略軍の隷下、副統合軍として2010年5月21日に公式に発足しました。その設立は、戦略軍に以前から存在していた「地球規模ネットワーク作戦担当統合タスクフォース（JTF-GNO）」と「ネットワーク戦担当統合機能部隊（JFCC-NW）」という二つの組織の任務を統合・再編する形で実現されました。設立から約5ヶ月後の2010年10月31日には、完全な作戦遂行能力を獲得し、これに伴いJTF-GNOとJFCC-NWは解体されました。

本拠地は、メリーランド州にあるフォート・ミード陸軍基地に置かれています。この場所は、国家安全保障局（NSA）など他の重要な政府機関や軍事施設が集まる場所であり、サイバー関連の連携を考慮して選ばれたとされています。

その後、USCYBERCOMの重要性の高まりを受け、2018年5月4日には統合軍へと格上げされ、他の主要な統合軍と肩を並べる存在となりました。

任務

USCYBERCOMに課せられた主要な任務は多岐にわたりますが、2010年の設立時に公表されたファクトシートによれば、以下の4つの主要な柱に基づいています。

国防総省が管轄する特定の情報ネットワークを日々の脅威から防御し、保護すること。
軍事作戦遂行にあたり、サイバー領域からの支援を提供し、国防総省の各部隊との連携を強化すること。
国防総省のネットワークに関連する、より高度な作戦・防御活動を指揮すること。
広範囲な軍事サイバー空間作戦を展開できるよう、これらの活動に必要な準備と能力開発を進めること。

これらの任務遂行のため、USCYBERCOMは、敵対者のネットワークへの侵入・破壊、データ操作、管理システムの制圧といった、いわゆるコンピュータネットワーク攻撃（CNA）を含む様々な作戦を実行する能力を有しています。その目的は、米軍のサイバー空間におけるリソースを統合し、相乗効果を生み出し、強固な情報セキュリティ環境を構築することにあります。

実戦における活動

USCYBERCOMは、理論上の存在に留まらず、実際の国際紛争においてもその能力を行使しています。特に、2022年のロシアによるウクライナ侵攻に際しては、当時のポール・ナカソネ司令官（兼NSA長官）が、ウクライナを支援する目的でロシア連邦に対し、攻撃、防御、情報収集を含む一連のサイバー作戦を実施したことを公式に認めました。これは、米軍が公にサイバー攻撃の実施を認めた初めての事例とされており、国防総省の文民統制の下、合法的に行われたと説明されています。この公表は、従来の米国の政策との整合性について議論を呼びましたが、ホワイトハウスはロシアとの直接的な軍事衝突を招くものではないとの見解を示しています。

組織とリーダーシップ

USCYBERCOMは、陸軍、海軍、空軍、海兵隊の各軍が有するサイバー戦担当部隊を統合して運用しています。これには、陸軍サイバーコマンド（ARCYBER）、艦隊サイバーコマンド／第10艦隊（海軍）、第16空軍（空軍）、海兵隊サイバー空間コマンドなどが含まれます。

初代司令官は、国家安全保障局長官を兼任していたキース・B・アレクサンダー陸軍大将が務めました。これは、NSAが持つ技術的知見や情報収集能力と、軍の作戦遂行能力を密接に連携させる意図があったとみられています。その後、マイケル・S・ロジャーズ海軍大将、ポール・M・ナカソネ陸軍大将といった人物が司令官を歴任しています。

設立に伴う懸念

USCYBERCOMの設立と活動は、その重要性の一方でいくつかの懸念も生んでいます。主なものとして、文民部門（民間企業や他の政府機関）との関係、そして既存の軍組織との関係が挙げられます。

文民部門との関係においては、サイバー防衛という領域における軍の関与拡大が、民間セクターや国土安全保障省といった他の政府機関による取り組みを弱体化させるのではないか、あるいは、大規模なサイバー攻撃発生時に軍がどのように民間と協力・連携するのかといった点が議論されています。特に、国防総省とNSAが、連邦政府全体のネットワーク保護において主導的な役割を担うことで、国土安全保障省の権限を侵食するのではないかという懸念も指摘されました。これに対し、国防総省側は、USCYBERCOMの責任範囲は主に国防総省自身のネットワーク（.milドメイン）に限定され、文民部門のネットワーク（.govドメインなど）は国土安全保障省が管轄するという見解を示しています。

また、既存の陸・海・空軍といった伝統的な軍組織との関係も懸念点です。サイバー戦争に必要な技術的専門性は、従来の身体能力や兵器操作といった技能とは異質であり、既存の軍文化の中でどのように専門性の高い人材を育成・維持していくのかが課題とされています。一部の専門家からは、サイバー領域に特化した、既存の三軍と並び立つ新たな「第四の軍」を創設すべきだとの提言もなされています。

国際的な影響

アメリカサイバー軍の創設は、国際的にも大きな影響を与えました。米国がサイバー戦の重要性を公式に認め、専門組織を設立したことは、他国も同様の動きを取るきっかけとなりました。実際、韓国は北朝鮮のサイバー部隊に対抗するためサイバー戦争コマンドを設立し、イギリスもサイバーフォースの準備を進めるなど、主要国においてサイバー領域の軍事組織強化の動きが加速しました。中国も、USCYBERCOMの設立に対応する形で、防御的なサイバー戦と情報セキュリティに焦点を当てた部隊を立ち上げています。このように、USCYBERCOMの誕生は、世界の多くの国々にサイバー空間の軍事化という潮流を促す一因となったと言えます。

USCYBERCOMは、技術の進化とともに常に変化し続けるサイバー空間という特殊な環境において、米国の国家安全保障を維持するための最前線に立つ重要な組織です。その活動は、技術的な能力だけでなく、組織体制、法的な枠組み、そして国内外の連携といった多角的な課題に直面しながら進められています。

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