アメリカ陸軍弾道ミサイル局

アメリカ陸軍弾道ミサイル局（ABMA）

アメリカ陸軍弾道ミサイル局（ABMA, Army Ballistic Missile Agency）は、冷戦下の宇宙開発競争においてアメリカ合衆国が最初期に設立した陸軍の重要な機関の一つでした。この部局は、主に弾道ミサイルおよびロケット技術の研究開発を任務としていました。1956年に、アラバマ州ハンツビルにある広大なレッドストーン兵器廠の敷地内に設置されました。

設立の背景と目的

ABMAが設立された1950年代半ばは、アメリカ合衆国とソビエト連邦との間で技術開発競争が激化していた時代です。特に、第二次世界大戦後に飛躍的に発展したロケット技術は、軍事目的の弾道ミサイル開発と、科学目的の宇宙開発の両面で極めて重要視されていました。当時のアメリカ政府内では、人工衛星の打ち上げは主に海軍のヴァンガード計画が担当し、陸軍はより大型で長距離の弾道ミサイル開発に注力するという役割分担がなされていました。

フォン・ブラウン博士とレッドストーンミサイル

ABMAの活動の中心には、ナチス・ドイツでV2ロケット開発を率い、戦後にアメリカへ渡った高名なロケット科学者、ヴェルナー・フォン・ブラウン博士とその技術者チームがいました。彼らはABMAの設立と共に、事実上の技術指導者としてその手腕を発揮します。ABMAにおける主要な開発プロジェクトの一つが、V2ロケットの技術を基盤としつつ、より強力かつ長距離を飛行可能なレッドストーンミサイルでした。このミサイルは、後のアメリカの宇宙ロケット開発の礎となる技術要素を多く含んでいました。

エクスプローラー1号の成功

1957年10月、ソビエト連邦が世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功したことは、アメリカ国内に「スプートニク・ショック」と呼ばれる大きな衝撃を与えました。これに対し、アメリカ海軍のヴァンガード計画による人工衛星打ち上げが度々失敗に終わっていたこともあり、アメリカの宇宙開発体制への批判が高まります。

このような状況下で、陸軍のABMAが保有するロケット技術に改めて注目が集まりました。ABMAは、レッドストーンミサイルを改良したジュピターCロケットをさらに改修したジュノーIロケットシステムを用いて、人工衛星を軌道に投入する計画を急ピッチで進めます。そして、スプートニク・ショックからわずか数ヶ月後の1958年2月1日、フロリダ州のケープカナベラル空軍基地から、ABMAによって開発・打ち上げられたジュノーIロケットは、アメリカ合衆国初の人工衛星「エクスプローラー1号」の軌道投入に成功しました。この歴史的な成功は、アメリカ国民に自信を与え、その後の宇宙開発を加速させる上で非常に重要な意味を持ちました。

その後の展開と解体

エクスプローラー1号の成功や、ソ連との宇宙開発競争の激化を受け、アメリカ政府は宇宙開発をより国家的な優先課題と位置づけるようになります。その結果、1958年に文民組織である国家航空宇宙局（NASA）が設立されました。ABMAが持つ宇宙開発に関連する技術、設備、そして最も重要なフォン・ブラウン博士を含む優秀な科学者・技術者チームは、1960年までに順次NASAへ移管・統合されることになりました。特に、ABMAのフォン・ブラウンチームは、NASAのマーシャル宇宙飛行センターの中核となり、後のサターンロケット開発やアポロ計画において中心的な役割を果たすことになります。これにより、ABMAはその役割を終え、その歴史に幕を閉じました。

短期間の活動期間ではありましたが、ABMAはレッドストーンミサイルの実用化、そしてアメリカ初の人工衛星打ち上げ成功という、冷戦期におけるアメリカの安全保障と科学技術の発展に不可欠な功績を残しました。その遺産は、その後のアメリカの宇宙開発計画へと確かに引き継がれています。

もう一度検索