アルキメデス・パリンプセスト

アルキメデス・パリンプセスト：失われた知恵の再発見

『アルキメデス・パリンプセスト』は、驚くべき歴史を辿った羊皮紙の写本です。元々は紀元前3世紀の数学者アルキメデスや他の著者の作品がギリシャ語で記されていました。この写本は、10世紀にビザンツ帝国で数学研究が復興した際、テッサロニキの数学者レオン・マテマティコスによって作成されました。

しかし、13世紀になると、この写本はパレスチナの修道士によってキリスト教の宗教文書で上書きされました。これは、羊皮紙を再利用する当時の一般的な慣習によるものです。元のテキストは完全に消されたわけではなく、1915年にヨハン・ハイベアによってその存在が再発見されました。この発見は、失われたと思われていたアルキメデスの著作が再び日の目を見るきっかけとなりました。

写本はその後、イスタンブールのギリシャ正教会の図書館に保管されていましたが、1922年に混乱の中で行方不明になります。70年以上もの間、写本は隠されたままで、その価値を高めるために、偽造者によってページの一部に絵が加えられました。これらの偽造画の下に隠されていたテキストや、以前は読めなかった文章は、1998年から2008年にかけて行われた科学的な研究によって明らかになりました。紫外線、赤外線、可視光線、レーキングライト、X線など、様々な技術が駆使され、アルキメデスのオリジナルテキストが蘇ったのです。

現在、全ての画像とメタデータを含む学術的な校正済みテキストは、Archimedes Digital Palimpsestのウェブサイトで公開されており、自由にアクセスできます。また、OPennなどのウェブサイトでも、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスCC-BYのもとで利用可能です。

パリンプセストの歴史

初期の歴史

アルキメデスは紀元前3世紀の人物で、アレクサンドリア図書館の学者たちと手紙を交わし、自身の研究成果をギリシャ語ドーリス方言で記述していました。これらの手紙は、紀元後530年頃に、ハギア・ソフィア大聖堂の建築家であるミレトスのイシドロスによって初めて包括的なテキストに編纂されました。

950年頃には、ビザンツ帝国でイシドロスによる写本の再製が行われました。これは、数学者であり技術者でもあったレオン・マテマティコスがコンスタンティノープルでアルキメデスの研究を再び盛んにした時期と重なります。

その後、この写本は1204年の十字軍によるコンスタンティノープルの略奪後、エルサレムに運ばれたと考えられています。1229年、エルサレムでこの写本は解体され、洗浄された後、キリスト教の宗教文書の羊皮紙として再利用されました。元の写本は半分に折られて再製本され、177ページ（現存するのは174ページ）からなるキリスト教の文書として生まれ変わりました。

少なくとも16世紀までは、このパリンプセストはエルサレム近郊のギリシャ正教の修道院に保管されていました。その後、1840年以前にコンスタンティノープルの図書館に戻されました。

現代の歴史

1840年代、聖書学者のコンスタンチン・フォン・ティッシェンドルフがコンスタンティノープルを訪れ、パリンプセストのギリシャ数学に関心を持ち、その一部を持ち帰りました。1899年には、ギリシャの学者パパドプロス・ケラメウスが図書館の写本の目録を作成し、下に見られるテキストの一部を転写しました。

アルキメデス研究の第一人者であったヨハン・ハイベアは、これらの転写を見て、それがアルキメデスの著作であると確信しました。1906年、ハイベアはコンスタンティノープルでパリンプセストを調査し、失われたと思われていたアルキメデスの作品が含まれていることを確認しました。彼は写本を撮影し、転写を行い、1910年から1915年にかけてアルキメデスの全集として発表しました。これにより、それまでほとんど知られていなかったアルキメデスの業績が広く知られるようになりました。

1920年、パリンプセストはまだコンスタンティノープルのギリシャ正教総主教の図書館にありましたが、その後のギリシャ人虐殺などの混乱の中で、姿を消してしまいます。

1923年から1930年の間、「パリ在住の東洋を旅する実業家」マリー・ルイ・シリエックスがこの写本を入手しました。シリエックスは、写本を修道士から購入したと主張していましたが、その修道士には売却権限がなく、シリエックスも適切な書類を持っていませんでした。彼は長年、この写本を地下室に保管していましたが、その間に水やカビによって大きな損傷を受けました。さらに、写本の価値を高めるために、中世の福音書の肖像画が4ページに追加され、テキストに更なるダメージを与えました。

シリエックスが1956年に亡くなった後、1998年にクリスティーズのオークションでパリンプセストが競売にかけられることになりました。所有権を巡って裁判となり、最終的に匿名の買い手が200万ドルで落札しました。

イメージングとデジタル化

1999年から2008年の間、ボルチモアのウォルターズ美術館で大規模なイメージング調査と保存作業が行われました。様々なスペクトル帯のデジタル画像をコンピュータ処理することで、下に書かれたテキストを明らかにする試みが行われました。

2005年には、カリフォルニア州メンロパークのSLAC国立加速器研究所で作られた高収束X線が使用され、まだ解読されていなかった部分のテキストの解読が始まりました。これにより、古代のテキストが蘇るとともに、新たなテキストも発見されました。

2007年には、アリストテレスの『範疇論』の注釈書を含む約9,000語に及ぶ新たなテキストが発見されました。さらに、紀元前4世紀の政治家ヒペレイデスのテキストも発見され、パリンプセストは学術的な価値を大いに高めました。

2008年10月29日、画像と転写を含む全てのデータが、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもと、Digital Palimpsest Web Pageで公開されました。

パリンプセストの内容

『アルキメデス・パリンプセスト』には、以下のような著作が含まれています。

『平面の釣合について』
『螺旋について』
『円周の測定』
『球と円柱について』
『浮体の原理』
『方法』
『ストマキオン』
ヒペレイデスの演説
* アリストテレスの『範疇論』の注釈書

特に注目すべきは、パリンプセストにのみ残されている『方法』です。この著作では、アルキメデスが自身の定理を導き出すために用いた方法が詳細に説明されています。彼は、質量中心とてこの原理を利用し、面積や体積を計算しました。アルキメデスは、現在では積分法として知られている概念を先取りしていたとも言えるでしょう。

また、アルキメデスのパズル『ストマキオン』も含まれています。このパズルは、古代ギリシアにおける組合せ数学の知識を示す貴重な資料となっています。

結論

『アルキメデス・パリンプセスト』は、単なる古い写本ではありません。それは、歴史、科学、そして人間の知恵の探求を象徴するものです。その復元とデジタル化の過程は、過去の知識を現在に蘇らせるための努力と技術革新の重要性を示しています。このパリンプセストは、アルキメデスの業績を未来に伝えるとともに、学術研究における新たな可能性を切り開くものと言えるでしょう。

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