パリンプセスト
パリンプセスト（palimpsest）とは、過去に書かれた文字や絵を消し、その上から新しい内容を書き記した羊皮紙の写本を指します。紙が普及する以前、羊皮紙は非常に高価であったため、不要になった写本を再利用する際に、古い文字を消して上書きする手法が用いられました。これにより、貴重な歴史的、文化的な情報が、まるで隠された宝物のように眠ることになったのです。
肉眼では判別が難しい消された元の文章も、紫外線やX線などの特殊なスキャナを用いることで復元が可能です。そこから貴重な古文書が発見されることも少なくありません。しかし、19世紀から20世紀初頭にかけて、消された文章を復元するために研究者たちが硫酸水素アンモニウム、塩酸、青酸カリなどの薬品を使用した結果、多くのパリンプセストの状態を悪化させてしまったという歴史もあります。
一般的なパリンプセストの作成手順は以下の通りです。
1. 写本の分解: まず、既存の写本を分解します。
2. 文字の消去: 羊皮紙に書かれた文字を消します。12世紀のテオフィルスの著書『さまざまの技能について』には、オレンジの絞り汁と海綿を使えば簡単に消せると記述されています。さらに、軽石などで表面をこすり、平滑化します。
3. 裁断と再構成: 羊皮紙を中央の折り目から二つに裁断し、それぞれを90度回転させて再び中央に折り目をつけ、冊子の形にします。これにより、新しい冊子は元の冊子の半分の大きさになります。この手法では、元の文章と直交するように新しい文章を書き込むため、元の文章の跡が新しい文章の邪魔になるのを防ぐ効果がありました。
パリンプセストは、歴史、法律、宗教など、様々な分野で重要な発見をもたらしています。以下にいくつかの著名な例を挙げます。
法学提要: 1816年にヴェローナ大聖堂の図書館で発見されたこのパリンプセストには、聖ヒエロニムスとゲンナディオスの手紙の下に、ガイウスの『法学提要』のほぼ完全なテキストが隠されていました。
エフレミ・リスクリプトゥス写本: フランス国立図書館に所蔵されているこの写本には、5世紀のギリシア語旧約聖書と新約聖書の一部が、12世紀にシリアのエフレムの作品で上書きされています。
サナのパリンプセスト: 現存する最古のコーラン写本の一つで、下層の文章は預言者ムハンマドの死後15年以内に書かれたとされています。この下の文章は標準のコーランとは異なっており、初期のコーランが複数存在した証拠として注目されています。
ニトリエンシス写本: 大英博物館に所蔵。9世紀初頭のアンティオキアのセウェロスの著作が、『イーリアス』とルカによる福音書（6世紀）、『ユークリッド原論』（7-8世紀）を上書きしています。
二重パリンプセスト: 大英博物館所蔵。9-10世紀の聖ヨアンネス・クリュソストムスのテキストが、6世紀のラテン語文法論、さらにその下に5世紀の歴史家Granius Licinianusの年代記が重なっています。
ノヴゴロド写本: 唯一の「ハイパー・パリンプセスト」で、ろう板の木製背壁に多数のテキストが残されています。
プラウトゥスの作品: アンブロジアーナ図書館所蔵。4-5世紀のラスティック・キャピタルで書かれたプラウトゥスの作品が、9世紀に聖書の一部で上書きされています。
キケロの『国家について』: バチカン図書館所蔵。4世紀のアンシャル体で書かれたキケロの『国家について』が、7世紀に聖アウグスティヌスの『詩篇注解』で上書きされています。
セネカの『友情について』: 旧約聖書で上書きされた唯一の現存する断片です。
トリノのテオドシウス法典: 5-6世紀の法典。
ヴェローナのFasti Consulares: 486年の領事一覧。
バチカンのアリアン派の断片: 5世紀の断片。
コルネリウス・フロントの手紙: カルケドン公会議の決議で上書きされています。
アルキメデス・パリンプセスト: 偉大な数学者アルキメデスの著作が10世紀に写され、12世紀に礼拝のテキストで上書きされました。
シナイティック・パリンプセスト: 4世紀の最古のシリア福音書写本。
ウィーンの国立図書館の文法テキスト: 2世紀のギリシア語文法テキスト。
ザキントス写本: 聖ルカの福音書のギリシア語パリンプセストの断片。
Codex Dublinensis: 聖マタイの福音書のパリンプセスト。
The Codex Guelferbytanus: イシドールスの原典テキストとギリシア語・ラテン語のテキスト。
ギリシア語の新約聖書の約60のパリンプセスト文書
これらの例は、パリンプセストが単なる古い写本の再利用にとどまらず、歴史の多層性を映し出す鏡であることを示しています。また、そこから古代の思想、文化、宗教、法律に関する重要な知見が得られることが理解できます。
近年、凸版印刷がバチカンのローマ教皇庁図書館にパリンプセストを解析するための設備を納入しました。これにより、非破壊的な手法で消された文字を復元する技術が進歩し、貴重な文化遺産の保存と研究に貢献しています。
パリンプセストの研究は、過去の文献を解読するだけでなく、歴史の解釈そのものを変える可能性を秘めています。これからも、新たなパリンプセストの発見と解読が、私たちの歴史理解をさらに深めてくれるでしょう。
パリンプセストの発見と復元
肉眼では判別が難しい消された元の文章も、紫外線やX線などの特殊なスキャナを用いることで復元が可能です。そこから貴重な古文書が発見されることも少なくありません。しかし、19世紀から20世紀初頭にかけて、消された文章を復元するために研究者たちが硫酸水素アンモニウム、塩酸、青酸カリなどの薬品を使用した結果、多くのパリンプセストの状態を悪化させてしまったという歴史もあります。
パリンプセストの作成方法
一般的なパリンプセストの作成手順は以下の通りです。
1. 写本の分解: まず、既存の写本を分解します。
2. 文字の消去: 羊皮紙に書かれた文字を消します。12世紀のテオフィルスの著書『さまざまの技能について』には、オレンジの絞り汁と海綿を使えば簡単に消せると記述されています。さらに、軽石などで表面をこすり、平滑化します。
3. 裁断と再構成: 羊皮紙を中央の折り目から二つに裁断し、それぞれを90度回転させて再び中央に折り目をつけ、冊子の形にします。これにより、新しい冊子は元の冊子の半分の大きさになります。この手法では、元の文章と直交するように新しい文章を書き込むため、元の文章の跡が新しい文章の邪魔になるのを防ぐ効果がありました。
著名なパリンプセストの例
パリンプセストは、歴史、法律、宗教など、様々な分野で重要な発見をもたらしています。以下にいくつかの著名な例を挙げます。
法学提要: 1816年にヴェローナ大聖堂の図書館で発見されたこのパリンプセストには、聖ヒエロニムスとゲンナディオスの手紙の下に、ガイウスの『法学提要』のほぼ完全なテキストが隠されていました。
エフレミ・リスクリプトゥス写本: フランス国立図書館に所蔵されているこの写本には、5世紀のギリシア語旧約聖書と新約聖書の一部が、12世紀にシリアのエフレムの作品で上書きされています。
サナのパリンプセスト: 現存する最古のコーラン写本の一つで、下層の文章は預言者ムハンマドの死後15年以内に書かれたとされています。この下の文章は標準のコーランとは異なっており、初期のコーランが複数存在した証拠として注目されています。
ニトリエンシス写本: 大英博物館に所蔵。9世紀初頭のアンティオキアのセウェロスの著作が、『イーリアス』とルカによる福音書（6世紀）、『ユークリッド原論』（7-8世紀）を上書きしています。
二重パリンプセスト: 大英博物館所蔵。9-10世紀の聖ヨアンネス・クリュソストムスのテキストが、6世紀のラテン語文法論、さらにその下に5世紀の歴史家Granius Licinianusの年代記が重なっています。
ノヴゴロド写本: 唯一の「ハイパー・パリンプセスト」で、ろう板の木製背壁に多数のテキストが残されています。
プラウトゥスの作品: アンブロジアーナ図書館所蔵。4-5世紀のラスティック・キャピタルで書かれたプラウトゥスの作品が、9世紀に聖書の一部で上書きされています。
キケロの『国家について』: バチカン図書館所蔵。4世紀のアンシャル体で書かれたキケロの『国家について』が、7世紀に聖アウグスティヌスの『詩篇注解』で上書きされています。
セネカの『友情について』: 旧約聖書で上書きされた唯一の現存する断片です。
トリノのテオドシウス法典: 5-6世紀の法典。
ヴェローナのFasti Consulares: 486年の領事一覧。
バチカンのアリアン派の断片: 5世紀の断片。
コルネリウス・フロントの手紙: カルケドン公会議の決議で上書きされています。
アルキメデス・パリンプセスト: 偉大な数学者アルキメデスの著作が10世紀に写され、12世紀に礼拝のテキストで上書きされました。
シナイティック・パリンプセスト: 4世紀の最古のシリア福音書写本。
ウィーンの国立図書館の文法テキスト: 2世紀のギリシア語文法テキスト。
ザキントス写本: 聖ルカの福音書のギリシア語パリンプセストの断片。
Codex Dublinensis: 聖マタイの福音書のパリンプセスト。
The Codex Guelferbytanus: イシドールスの原典テキストとギリシア語・ラテン語のテキスト。
ギリシア語の新約聖書の約60のパリンプセスト文書
これらの例は、パリンプセストが単なる古い写本の再利用にとどまらず、歴史の多層性を映し出す鏡であることを示しています。また、そこから古代の思想、文化、宗教、法律に関する重要な知見が得られることが理解できます。
パリンプセストの解析技術
近年、凸版印刷がバチカンのローマ教皇庁図書館にパリンプセストを解析するための設備を納入しました。これにより、非破壊的な手法で消された文字を復元する技術が進歩し、貴重な文化遺産の保存と研究に貢献しています。
パリンプセストの研究は、過去の文献を解読するだけでなく、歴史の解釈そのものを変える可能性を秘めています。これからも、新たなパリンプセストの発見と解読が、私たちの歴史理解をさらに深めてくれるでしょう。
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