アルファ型原子力潜水艦

ソ連海軍が開発した攻撃型原子力潜水艦のうち、NATOが「アルファ型」と呼称した艦級は、ソ連本国においては「705型潜水艦」として計画が進められました。計画名は「リーラ（百合）」と名付けられ、公式には当初「潜水巡洋艦」、後に「一等大型原子力潜水艦」に分類されました。この艦級は、当時のアメリカ海軍の戦力増強に対抗するため、「水中高速迎撃艦」という独自の構想に基づいて開発された、極めて先進的な設計思想を持つ潜水艦でした。

開発の背景と経緯

1950年代後半、ソ連海軍は初の原子力潜水艦建造を進める傍ら、増強著しいアメリカ海軍に対する新たな戦略として、発見された空母機動部隊に対し即座に高速で駆けつけ迎撃する「水中高速迎撃艦」構想を打ち立てました。これは、航空戦における要撃機のような役割を潜水艦に持たせるという、画期的な発想でした。

この構想に基づき、1958年には排水量1,500トン級の小型・高速で高度に自動化された原子力潜水艦が提案されました。この小型化と高速性能を実現するには、軽量かつ高い強度を持つ船体構造材が不可欠であり、チタン合金が注目されました。しかし、当時の加工技術が未熟であったため、計画はいったん棚上げされます。幸いにも1960年代に入りチタン合金の加工技術が実用化されたことで計画は再始動し、1961年5月には「高度自動化高速攻撃原潜実験艦」としての705型が正式に承認されました。開発にあたっては、設計の途中で柔軟な変更・修正を行う権限が設計局に与えられるなど、国家的な重要プロジェクトとして推進されました。当初は30隻もの大量建造が計画されていました。

革新的な設計思想

船体構造と自動化

高い水中速力と深い安全潜航深度を両立しつつ、小型化による軽量化も実現するため、船体構造材には軽量・高強度なチタン合金が採用されました。チタン合金は帯磁性を抑えるメリットがある一方、従来の鋼材に比べて吸音性に劣るという欠点があったため、静粛性を確保するため随所に空気サスペンションが用いられました。非常時には最大潜航深度からでも使用可能な脱出装置も搭載。単殻構造も検討されましたが、海軍総司令部の意向により最終的に複殻構造を採用。船体形状は理想とされる涙滴型が追求されました。

徹底的な自動化による乗員数の削減も大きな特徴です。最終的には6区画32名となりましたが、実際に乗員が配置されるのは発令所と居住区を含むわずか2区画のみでした。特に、魚雷発射管室が無人化され、発令所から遠隔操作される構造は本型特有のものでした。乗員は士官のみで構成され、出港から帰港まで機器の修理やメンテナンスが不要と設計。少ない乗員数と先進的な設備により、居住性は非常に良好でした。

動力機関

小型・高速という要求を満たすため、動力源には液体金属冷却炉が採用されました。試作艦での経験を踏まえ、本型ではOK-550型とBM-40A型が検討されました。一番艦K-64のOK-550型はトラブルで早期解体され、以降の艦（705K型）はBM-40A型に変更されましたが、こちらも信頼性は低く、大量建造が見送られました。

液体金属冷却炉の応答性の高さを活かし、本型は驚異的な速力と運動性能を発揮しました。静止から最高速力40ノットに約1分、6ノットから42ノットへ約3分で加速。最高速力からの緊急旋回性能も優れていました。しかし、維持管理は極めて手間がかかり、信頼性の問題も常に付きまといました。冷却材の凝固を防ぐため常時過熱蒸気供給が必要でしたが、インフラ不備で困難が生じ、運用を支えるため専属メンテナンス要員が配置されました。

電源システムは400ヘルツ三相交流発電機を採用し、小型化を実現。液体金属冷却炉の低エネルギー起動特性から、バッテリー搭載量も大幅に削減されました。水中放射雑音は当時の他のソ連原潜と同程度でした。

兵装と指揮管制

本型には、自動化・省力化の中核として、主要機能を遠隔操作できる「アッコルド型潜水艦指揮管制装置」が搭載されました。統合ソナーや航法システム、通信システム、原子炉操縦装置など、全体に高度な自動化が進められました。水圧式魚雷発射管と急速自動装填装置もソ連潜水艦として初めて採用されました。

しかし、当時の海軍は兵装搭載量による攻撃力強化を重視しており、運動性能に優れるものの小型軽量で兵装搭載量に劣る本型は、コンセプトから外れた存在となりました。このため主任設計官は批判を受け解任。巡航ミサイル潜水艦型の計画も検討されましたが、実現しませんでした。

運用実績と評価

1978年に本型専門の第6原潜師団が編成され、1980年代末まで活発な作戦行動に従事しました。しかし、液体金属冷却炉の信頼性問題は深刻で、一番艦の解体に加え、K-123での放射性物質漏洩事故などトラブルが頻発。事故原因のほとんどが一次冷却系でした。他にも衝突事故や蒸気パイプ破裂事故が発生しています。

度重なるトラブルと他の艦級の沈没事故を受け、ソ連海軍は本型の退役を決定。1990年には運用中の全艦が予備役または除籍となり、1992年に第6原潜師団も解散し、短命な運用に終わりました。

創作に描かれた姿

現実には多くの課題を抱えた本型ですが、その突出した性能は、創作の世界ではしばしば強力な「人気兵器」として描かれます。

かわぐちかいじ氏の漫画『沈黙の艦隊』には、「レッド・スコルピオン」や「アルファ級3番艦」として登場。深い潜航能力や高速性能、独特の戦術を用いて主人公の潜水艦と戦います。マーク・ジョセフ氏の小説『原潜ポチョムキン撃沈』や、トム・クランシー氏の小説・映画『レッド・オクトーバーを追え!』にも登場しますが、『レッド・オクトーバーを追え!』では原子炉形式など一部設定が現実と異なって描かれています。

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