アルベルト・ジャコメッティ

アルベルト・ジャコメッティ：実存を刻む彫刻家

アルベルト・ジャコメッティ（1901年 - 1966年）は、20世紀を代表するスイスの彫刻家です。スイス・イタリア国境に近いボルゴノーヴォで生まれ、画家であった父の影響を受けながら、近郊のスタンパ村で幼少期を過ごしました。1歳年下の弟、ディエゴは生涯にわたって彼の助手やモデルを務めました。

ジャコメッティは、ジュネーヴ美術学校を経て、1922年にパリへ移住。アカデミー・ドゥ・ラ・グランド・ショミエールで彫刻を学びました。初期の作品はキュビスムやシュルレアリスムの影響が見られ、1932年の代表作『午前4時の宮殿』はその好例です。この作品は、シュルレアリスムの絵画的な要素を立体に昇華した、夢幻的な雰囲気を持つ彫刻です。

しかし、1935年頃からは、写実的な表現へと回帰。シュルレアリスムのグループからも離れ、人物像の写生に没頭しました。第二次世界大戦中はスイスに帰国しますが、戦後再びパリに戻り、彼の芸術家人生における重要な転換期を迎えます。

1950年代以降に制作された作品は、それまでの作風とは一線を画すものでした。人物像は極端に細く、長く伸びた、まるで針金のような姿をしています。肉付けや凹凸はほとんどなく、彫刻としての限界に挑むかのような大胆な表現は、見る者に強い印象を与えます。

この独特の作風は、しばしば「実存主義的」と評されます。哲学者ジャン＝ポール・サルトルは、ジャコメッティの人物像が、現代人の孤独や不安、存在の脆さを表現していると高く評価しました。古代イタリアのエトルリア文明の彫刻にも、こうした細長い人物像が見られることから、その影響も指摘されています。

晩年には、国際的な評価も高まり、ヴェネツィア・ビエンナーレで個展を開催するなど、成功を収めました。彫刻だけでなく、絵画や版画にも取り組み、1958年から1965年にかけて制作された版画集『終わりなきパリ』は、晩年の代表作として知られています。この作品集には150点もの石版画が収録されており、ジャコメッティ自身のテキストも添えられています。

ジャコメッティは、1966年にスイスで亡くなりました。彼の作品は、現在も世界中の美術館に所蔵され、多くの人々を魅了し続けています。彼の独特の表現は、時代を超えて、人間の存在や心の内面を問いかける、普遍的なテーマを私たちに提示し続けています。

彼の作品は、ニューヨーク近代美術館、富山県立近代美術館、徳島県立近代美術館、大原美術館、テート・ギャラリー、兵庫県立美術館、箱根彫刻の森美術館、チューリッヒ美術館など、世界中の主要美術館に収蔵されています。また、1998年から2000年にかけて発行されたスイスの100フラン紙幣には、彼の肖像と『歩く男』がデザインされました。

さらに、ジャコメッティは日本の哲学者、矢内原伊作と親交があり、矢内原をモデルとした作品も制作しています。矢内原はジャコメッティのアトリエでの様子を詳細に記録しており、その記録は日本の文芸誌『同時代』に掲載されました。これらの記録は、ジャコメッティの芸術活動を知る上で貴重な資料となっています。近年では、ジャコメッティの生涯を描いた映画も制作され、改めて彼の芸術に対する関心の高さが伺えます。

ジャコメッティの作品は、その独特の表現方法だけでなく、制作背景や彼自身の哲学、そして彼を取り巻いた人々との交流によって、より深く理解することができます。彼の作品を通して、現代社会における人間の存在や、芸術の持つ普遍的な力を改めて考える機会を与えてくれるでしょう。

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