アルペジョーネソナタ

アルペジョーネとピアノのためのソナタ イ短調 D821

フランツ・シューベルトによって1824年11月、ウィーンで生み出された室内楽曲です。このソナタは、今日ではほとんど使用されることのない幻の楽器「アルペジョーネ」のために書かれた、その楽器のための作品の中で最も広く知られ、演奏されている唯一の作品です。

作曲された時期は、シューベルトの創作活動が円熟期に入りつつあった頃にあたります。特に有名な弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」と同じ頃の作品であり、当時のシューベルトは持病である梅毒の進行に苦しみ、精神的な落ち込み（抑鬱症）に見舞われることも少なくありませんでした。そのような困難な状況の中で、この美しいソナタは生まれました。

アルペジョーネという楽器は、ギターのようなフレットとチェロのような弓で演奏する弦楽器で、1823年に発明されました。このソナタはその翌年に作曲されており、おそらくアルペジョーネの演奏に長けていた知人の音楽家、ヴィンツェンツ・シュースターからの依頼を受けて書かれたものと考えられています。しかし、アルペジョーネ自体は長く愛好されることなく、数十年後には姿を消してしまいました。

このソナタが出版されたのは、作曲から半世紀近くが経過した1871年、シューベルトの死後でした。その頃にはアルペジョーネはもはや存在せず、楽譜はすでに廃れていたこの楽器のために書かれた作品として世に出ることとなりました。

作品は以下の3つの楽章から構成されており、全楽章の演奏時間は30分弱です。

1. 第1楽章：Allegro moderato
2. 第2楽章：Adagio
3. 第3楽章：Allegretto

現代における演奏と編曲

現代において、オリジナルのアルペジョーネでこのソナタが演奏される機会は非常に稀です。楽器自体は一部復元されているものの、それを専門的に演奏できる奏者が極めて少ないためです。そのため、今日耳にする演奏のほとんどは、チェロやヴィオラなどの他の楽器への編曲版です。特にチェロ・ソナタやヴィオラ・ソナタとして演奏されることが一般的ですが、時にはコントラバスやギター、マンドロンチェロなどで代用されることもあります。

他の楽器へ編曲する際には、いくつかの技術的な課題に直面します。アルペジョーネは6弦であるのに対し、チェロやヴィオラの多くは4弦です。この弦数の違いにより、アルペジョーネの広範な音域や特定の演奏技法をそのまま再現することが難しくなります。特に、楽譜の提示部末尾には6弦全てをピッチカート（弦を指で弾く奏法）で演奏する指示がありますが、4弦しかない楽器ではこれを忠実に再現することはできません。また、アルペジョーネはギターのようにフレットが付けられているため、特に高音域の演奏が比較的容易ですが、フレットのないチェロやヴィオラでは同じように滑らかに演奏するには高度な技術が必要となります。

これらの課題に対し、現代の演奏家や編曲家は様々な工夫を凝らしています。例えば、5弦のピッコロチェロ（ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ）を使用する試みがあります。これはフレットはないものの、音域がアルペジョーネとほぼ同じです。また、ヴィオラに5弦目を加え、それをアルペジョーネの最低音と同じE線に調弦することで、オリジナルの響きに近づけようとする試みも行われています。ギターやマンドロンチェロでの演奏も可能ですが、原曲が「弓奏」楽器のために書かれているため、弓で弦を擦ることで生まれる特有の音楽的なニュアンスを再現することはできません。

他の楽器での演奏では、どうしてもオリジナルのアルペジョーネが持つ響きや質感を完全に捉えることは難しいとされています。そのため、この楽曲のために特別にアルペジョーネを復元し、チェロ奏者がアルペジョーネの奏法を習得して演奏するといった、オリジナル楽器での演奏を目指す取り組みも現代では行われています。

著名な編曲例

このソナタは様々な楽器のために編曲されています。中でも著名なものとしては、スペインのチェリスト、ガスパール・カサドによるチェロ協奏曲版や、イェラン・セルシェルによるヴァイオリンとギターのための二重奏ソナタ版などが挙げられます。

シューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」は、短命な楽器のために書かれながらも、その音楽的な魅力ゆえに楽器の寿命を超えて愛され続けている稀有な作品です。多くの困難な点を伴いながらも、現代の音楽家たちの情熱と創意工夫によって、様々な形で演奏され、聴衆に感動を与え続けています。

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