アレクサンドル・オパーリン
ソビエト連邦の著名な生化学者、アレクサンドル・イヴァノヴィッチ・オパーリン（1894年3月2日 - 1980年4月21日）は、地球における生命の起源を化学進化という画期的な視点から論じ、この分野に多大な影響を与えました。
オパーリンは、モスクワ北方のヴォルガ川沿いの町で三人兄弟の末子として誕生しました。姉はフランスのナンシー大学で医学を学び、故郷で医師となり、兄は経済学者として大学教授を務めました。オパーリン自身はモスクワ大学の物理数学部自然科学科に進学し、当時政治的な理由で大学を離れていた植物生理学者クリメント・チミリャーゼフから個人的に指導を受けました。ロシア革命期の激動の中、モスクワ大学を卒業後、生化学者アレクセイ・バッハの指導の下で、主に植物の芽ばえにおける呼吸に関わる色素やタンパク質代謝、酵素の生成など、生化学の研究に没頭しました。
その後、ドイツへの留学を通じて、ベルリン大学のカール・ノイベルク、ハイデルベルク大学のアルブレヒト・コッセル、ミュンヘン大学のリヒャルト・ヴィルシュテッターといった著名な学者たちに学びました。帰国後、1929年にはモスクワ大学の植物生理化学教授に就任。1935年にはバッハ記念科学アカデミー生化学研究所の研究員となり、1946年からは同研究所の所長を務めました。同年、ソ連科学アカデミーの正会員となり、1953年には幹部会員にも選出され、ソ連における科学界の中心的な人物となりました。
オパーリンは研究活動に加え、社会活動家としても精力的に活動しました。1950年にはソビエト平和擁護委員会および世界平和評議会の委員、1952年には世界科学者連盟副会長に就任するなど、平和運動に深く関与しました。さらに、1954年にはソビエト政治・科学知識普及協会の総裁、1955年にはロシア共和国最高会議の幹部会員を務めました。1955年には日本の日本生化学協会30年記念祭に招かれて来日し、各地で講演を行いました。東京大学、京都大学などをはじめとする多くの大学で学者たちと討論や懇談を重ね、東大伝染病研究所や野田醤油研究所など、日本の様々な研究機関や工場を見学し、日本の科学者や産業界に深い感銘を与えました。
オパーリンの研究は、特に以下の三つの分野で顕著な成果を上げました。
1. 生命の起源
オパーリンの最も重要な業績は、地球上での生命発生に関する化学進化説を初めて体系的に提唱したことです。彼は天文学、化学、地質学、生物学などの知見を統合し、生命が物質の特殊で複雑な運動形態であり、地球の歴史のある時期に物質が必然的に発展した結果生まれたものだと論じました。この過程は完全に物理化学的な法則に従うと主張し、当時の主流であった生命自然発生説とは異なる科学的なアプローチを提示しました。
1920年頃にはこの説の核心部分を発表し、当時の定説であった自家栄養的好気性細菌を最初の生命とする説を批判し、他家栄養的嫌気性細菌こそが原始生命体であると主張しました。1923年にこのテーマに関する小冊子を出版し、1936年にはさらに詳細かつ発展させた主著『生命の起源』を発表。この中で、原始地球において炭素と金属から生じたカーバイドが水蒸気と反応して簡単な有機物が生成され、それが海洋中で高分子化し、タンパク質を含む複雑な有機物が集まってコアセルベートと呼ばれるコロイド粒子が形成されたと説明しました。これらのコアセルベートが原始的な物質代謝と生長を行い、進化と自然淘汰を経て原始的有機栄養生物、そして無機栄養生物が誕生したというシナリオを描きました。
オパーリンはその後も研究を深め、『地球上の生命の起源』（1957年）、『生命の起源－生命の生成と初期の発展』（1966年）などの著作を通じて自身の説をさらに洗練させました。特に1966年版では、原始生物よりも単純だがコアセルベートより複雑な「プロトビオント」の進化について論じ、この研究は後の宇宙生物学という新しい科学分野の開拓にも繋がりました。
2. 細胞内酵素の作用
彼は、細胞内での酵素の働きは、細胞の構造と密接に関係しており、細胞外での作用とは異なるとする説を提唱しました。特にカルボヒドラーゼという酵素に焦点を当てた研究は、理論的な知見だけでなく、栽培植物の糖分含有量や早熟性、耐旱性（干ばつへの強さ）などの解明にも役立ったとされています。
3. 工業生物化学
1930年頃から始まったこの分野の研究では、植物を原料とする工業製品の製造プロセスにおける酵素の触媒作用の重要性を強く認識しました。サトウダイコンの保存方法や、パン、茶、ぶどう酒、たばこなどの製造工程における生化学的な基礎を研究し、これらの産業の発展に大きく貢献しました。
アレクサンドル・オパーリンは、生命の起源という壮大な謎に対し、科学的な探求の道筋を示した先駆者であり、その業績は現代の生命科学にも大きな影響を与え続けています。
略歴
オパーリンは、モスクワ北方のヴォルガ川沿いの町で三人兄弟の末子として誕生しました。姉はフランスのナンシー大学で医学を学び、故郷で医師となり、兄は経済学者として大学教授を務めました。オパーリン自身はモスクワ大学の物理数学部自然科学科に進学し、当時政治的な理由で大学を離れていた植物生理学者クリメント・チミリャーゼフから個人的に指導を受けました。ロシア革命期の激動の中、モスクワ大学を卒業後、生化学者アレクセイ・バッハの指導の下で、主に植物の芽ばえにおける呼吸に関わる色素やタンパク質代謝、酵素の生成など、生化学の研究に没頭しました。
その後、ドイツへの留学を通じて、ベルリン大学のカール・ノイベルク、ハイデルベルク大学のアルブレヒト・コッセル、ミュンヘン大学のリヒャルト・ヴィルシュテッターといった著名な学者たちに学びました。帰国後、1929年にはモスクワ大学の植物生理化学教授に就任。1935年にはバッハ記念科学アカデミー生化学研究所の研究員となり、1946年からは同研究所の所長を務めました。同年、ソ連科学アカデミーの正会員となり、1953年には幹部会員にも選出され、ソ連における科学界の中心的な人物となりました。
オパーリンは研究活動に加え、社会活動家としても精力的に活動しました。1950年にはソビエト平和擁護委員会および世界平和評議会の委員、1952年には世界科学者連盟副会長に就任するなど、平和運動に深く関与しました。さらに、1954年にはソビエト政治・科学知識普及協会の総裁、1955年にはロシア共和国最高会議の幹部会員を務めました。1955年には日本の日本生化学協会30年記念祭に招かれて来日し、各地で講演を行いました。東京大学、京都大学などをはじめとする多くの大学で学者たちと討論や懇談を重ね、東大伝染病研究所や野田醤油研究所など、日本の様々な研究機関や工場を見学し、日本の科学者や産業界に深い感銘を与えました。
主要な研究業績
オパーリンの研究は、特に以下の三つの分野で顕著な成果を上げました。
1. 生命の起源
オパーリンの最も重要な業績は、地球上での生命発生に関する化学進化説を初めて体系的に提唱したことです。彼は天文学、化学、地質学、生物学などの知見を統合し、生命が物質の特殊で複雑な運動形態であり、地球の歴史のある時期に物質が必然的に発展した結果生まれたものだと論じました。この過程は完全に物理化学的な法則に従うと主張し、当時の主流であった生命自然発生説とは異なる科学的なアプローチを提示しました。
1920年頃にはこの説の核心部分を発表し、当時の定説であった自家栄養的好気性細菌を最初の生命とする説を批判し、他家栄養的嫌気性細菌こそが原始生命体であると主張しました。1923年にこのテーマに関する小冊子を出版し、1936年にはさらに詳細かつ発展させた主著『生命の起源』を発表。この中で、原始地球において炭素と金属から生じたカーバイドが水蒸気と反応して簡単な有機物が生成され、それが海洋中で高分子化し、タンパク質を含む複雑な有機物が集まってコアセルベートと呼ばれるコロイド粒子が形成されたと説明しました。これらのコアセルベートが原始的な物質代謝と生長を行い、進化と自然淘汰を経て原始的有機栄養生物、そして無機栄養生物が誕生したというシナリオを描きました。
オパーリンはその後も研究を深め、『地球上の生命の起源』（1957年）、『生命の起源－生命の生成と初期の発展』（1966年）などの著作を通じて自身の説をさらに洗練させました。特に1966年版では、原始生物よりも単純だがコアセルベートより複雑な「プロトビオント」の進化について論じ、この研究は後の宇宙生物学という新しい科学分野の開拓にも繋がりました。
2. 細胞内酵素の作用
彼は、細胞内での酵素の働きは、細胞の構造と密接に関係しており、細胞外での作用とは異なるとする説を提唱しました。特にカルボヒドラーゼという酵素に焦点を当てた研究は、理論的な知見だけでなく、栽培植物の糖分含有量や早熟性、耐旱性（干ばつへの強さ）などの解明にも役立ったとされています。
3. 工業生物化学
1930年頃から始まったこの分野の研究では、植物を原料とする工業製品の製造プロセスにおける酵素の触媒作用の重要性を強く認識しました。サトウダイコンの保存方法や、パン、茶、ぶどう酒、たばこなどの製造工程における生化学的な基礎を研究し、これらの産業の発展に大きく貢献しました。
アレクサンドル・オパーリンは、生命の起源という壮大な謎に対し、科学的な探求の道筋を示した先駆者であり、その業績は現代の生命科学にも大きな影響を与え続けています。
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