アレクサンドル・グラズノフ

アレクサンドル・グラズノフ：ロシア音楽界の巨匠

アレクサンドル・コンスタンティノヴィチ・グラズノフ（1865年 8月10日 - 1936年 3月21日）は、ロシア帝国末期からソビエト連邦建国期にかけて活躍した、作曲家、音楽教師、そして指揮者です。サンクトペテルブルク音楽院の院長を長年務め、ロシア音楽界の発展に大きく貢献しました。彼の音楽は、ロシア国民楽派の伝統を受け継ぎながらも、国際的な視点を取り入れた独自のスタイルを確立しています。

生涯

神童としての才能

グラズノフは、サンクトペテルブルクの裕福な出版業者の家庭に生まれました。幼少期から音楽の才能を示し、9歳でピアノ、13歳で作曲を始めました。ロシア五人組の指導者であったバラキレフは、彼の才能を認め、リムスキー＝コルサコフに紹介しました。リムスキー＝コルサコフは、グラズノフの才能を高く評価し、個人的な指導を通して彼の音楽的成長を促しました。16歳の時には、交響曲第1番「スラブ風」を初演し、その才能は広く知られることとなりました。

ベリャーエフの庇護

グラズノフの音楽を支援した重要な人物の一人が、富裕な材木商であり音楽愛好家でもあったミトロファン・ベリャーエフです。ベリャーエフは、グラズノフの才能に惚れ込み、彼の作品を積極的に支援しました。1884年には、グラズノフを西欧に連れていき、フランツ・リストに会わせ、彼の作品を演奏させました。また、ベリャーエフは自身の出版社を設立し、グラズノフをはじめとするロシアの作曲家たちの作品を出版しました。ベリャーエフを中心とした音楽家たちのグループは、「ベリャーエフ・サークル」として知られるようになりました。

名声の確立

グラズノフは、その才能とベリャーエフの支援により、国際的な名声を確立しました。1890年代には、3つの交響曲、2つの弦楽四重奏曲、そしてバレエ音楽「ライモンダ」と「四季」を完成させ、作曲家としての地位を不動のものとしました。1905年には、サンクトペテルブルク音楽院の院長に就任し、教育者としてもその才能を発揮しました。この時期には、交響曲第8番やヴァイオリン協奏曲などの傑作を生み出し、その名声は頂点に達しました。

指揮者としての活動

グラズノフは、1888年に指揮者としてデビューし、自作の交響曲をパリ万博で指揮しました。1896年には、ロシア交響楽協会の指揮者に任命され、積極的に演奏活動を行いました。しかし、ラフマニノフの交響曲第1番の初演を指揮した際には、リハーサル不足や酩酊状態であったという証言も残っており、指揮者としての評価は一定ではありません。それでも彼は指揮を愛し、特に自身のバレエ作品を指揮することを喜びました。

教育者としての貢献

グラズノフは、教育者としても大きな足跡を残しました。1899年にサンクトペテルブルク音楽院の教授に就任し、1917年まで院長を務めました。彼の指導は、厳格でありながらも学生への愛情に満ち溢れていました。彼は、カリキュラムの改善や学生オーケストラの設立など、音楽院の発展に尽力しました。また、経済的に困難な学生のために、自身の収入を分け与えたり、政府に掛け合ったりしました。特にユダヤ人音楽家の教育にも力を注ぎ、多くの才能を育てました。

亡命と晩年

グラズノフは、1928年にソ連を離れ、二度と祖国に戻ることはありませんでした。彼は、ソ連の音楽院の方針に不満を感じ、ウィーンでの記念行事に参加したことを機に亡命を決意しました。パリに定住し、1929年には10歳年下の女性と結婚しました。彼は亡命後も指揮者として活動を続けましたが、1936年にパリで70歳で亡くなりました。グラズノフは、パリで没しましたが、後にレニングラードのアレクサンドル・ネフスキー大修道院の墓地に改葬されました。

音楽的特徴

グラズノフの音楽は、ロシア国民楽派の伝統を受け継ぎながらも、チャイコフスキーの流れを汲むロシア・ロマン主義と融合させた、独自のスタイルを持っています。色彩的な管弦楽法、豊かな和声法、叙情的な旋律、そして洗練された優雅な表現が特徴です。また、晩年には、「ロシアのブラームス」と称されるように、対位法的な構成や綿密な動機労作、変奏の技法を多用するようになりました。

代表的な作品

グラズノフの代表的な作品としては、バレエ音楽「ライモンダ」や「四季」、交響曲第4番、第5番、第6番、そしてヴァイオリン協奏曲などが挙げられます。晩年には、サクソフォーン協奏曲（1934年）を作曲するなど、新たな試みも見られました。しかし、彼の音楽は、20世紀初頭の現代音楽の動向とは一線を画しており、古典的な形式や和声法を重視していました。

グラズノフとストラヴィンスキー

ストラヴィンスキーは、初期にはグラズノフの音楽を高く評価していましたが、次第にその作風が合わなくなり、批判的な態度をとるようになりました。グラズノフ自身も、ストラヴィンスキーの斬新な音楽を理解しようと努めましたが、完全には受け入れることはありませんでした。二人の関係は、音楽界における保守と革新の対立を象徴するものとして捉えられています。

グラズノフとショスタコーヴィチ

ショスタコーヴィチは、グラズノフの指導を受けた学生の一人です。グラズノフは、ショスタコーヴィチの才能を認め、彼の成長を支えました。ショスタコーヴィチは、グラズノフの人間性に触れ、彼の音楽院への貢献を高く評価しています。しかし、グラズノフが晩年にアルコール依存症であったことや、保守的な音楽観を持っていたことも、ショスタコーヴィチによって語られています。

作品リスト

バレエ音楽

ライモンダ作品57
お嬢さん女中、または女の試み作品61
四季作品67

付随音楽

サロメ作品90
ユダヤの王作品95
仮面舞踏会作品102

交響曲

交響曲第1番ホ長調「スラブ」作品5
交響曲第2番嬰ヘ短調作品16
交響曲第3番ニ長調作品33
交響曲第4番変ホ長調作品48
交響曲第5番変ロ長調作品55
交響曲第6番ハ短調作品58
交響曲第7番ヘ長調「田園」作品77
交響曲第8番変ホ長調作品83
交響曲第9番ニ短調（未完）

協奏曲

ヴァイオリン協奏曲イ短調作品82
ピアノ協奏曲第1番ヘ短調作品92
ピアノ協奏曲第2番ロ長調作品100
チェロと管弦楽のためのコンチェルト・バッラータハ長調作品108
アルト・サクソフォーンと弦楽オーケストラのための協奏曲変ホ長調

協奏的作品

チェロと管弦楽のための2つの小品作品20
メロディスペインのセレナード
チェロと管弦楽のための吟遊詩人の歌作品71

管弦楽曲

悲歌『英雄の思い出に』作品8
性格的組曲作品9
抒情的な詩作品12
交響詩『ステンカ・ラージン』作品13
幻想曲『森』作品19
婚礼の行列作品23
幻想曲『海』作品28
交響的絵画『クレムリン』作品30
春作品34
序曲『謝肉祭』作品45
勝利の行進曲作品40
組曲『ショピニアーナ』作品46
演奏会用ワルツ第1番ニ長調作品47
祝典の行列作品50
演奏会用ワルツ第2番ヘ長調作品51
バレエの情景作品52
幻想曲『暗黒から光明へ』作品53
祝典序曲作品73
組曲『中世より』作品79
フィンランド幻想曲作品88
祝典の行列作品91
第一次世界大戦の連合国の国歌によるパラフレーズ
叙事詩

室内楽曲

弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品1
弦楽四重奏曲第2番ヘ長調作品10
弦楽四重奏曲第3番ト長調「スラヴ」作品26
弦楽四重奏曲第4番イ短調作品64
弦楽四重奏曲第5番ニ短調作品70
弦楽四重奏曲第6番変ロ長調作品106
弦楽四重奏曲第7番ハ長調作品107
サクソフォーン四重奏曲作品109
弦楽五重奏曲第1番イ長調作品39

オルガン曲

前奏曲とフーガニ長調作品93
前奏曲とフーガニ短調作品98
幻想曲とフーガ作品110

ピアノ曲

サーシャの名による組曲作品2
3つの練習曲作品31
演奏会用大ワルツ変ホ長調作品41
主題と変奏作品72
ピアノ・ソナタ第1番変ロ短調作品74
ピアノ・ソナタ第2番ホ長調作品75

合唱曲

戴冠式カンタータ作品56
プーシキン生誕100周年記念カンタータ作品65

歌曲

5つの歌作品4
2つの歌作品27
6つの歌作品56
6つの歌作品60

結論

アレクサンドル・グラズノフは、ロシア音楽史において重要な役割を果たした作曲家です。彼の音楽は、ロシアの伝統と西欧の音楽様式を融合させ、独自の美しさを表現しています。教育者としても、多くの音楽家を育て、その功績は高く評価されています。彼の作品は、今日においても、多くの人に愛され続けています。

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