ミトロファン・ベリャーエフ

ミトロファン・ベリャーエフ：ロシア音楽を支えた豪商

ミトロファン・ペトローヴィチ・ベリャーエフ（1836年2月22日 - 1904年1月4日）は、19世紀ロシア帝国において、単なる豪商の枠を超え、音楽と芸術を愛し、その振興に尽力した人物です。彼は、自身の財力を背景に、楽譜出版社を創業し、多くのロシア人作曲家を支援することで、ロシア音楽史に名を刻みました。

生い立ちと音楽への目覚め

ベリャーエフは、サンクトペテルブルクで、豊かな材木商の息子として生まれました。幼い頃から家業を手伝い、バイヤーとしての才能を発揮しましたが、その一方で、音楽への情熱を密かに抱いていました。彼は、ヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノの演奏を学び、室内楽にも親しんでいました。やがて、ペテルブルクの音楽家サークルに参加するようになり、アナトーリ・リャードフやアレクサンドル・ボロディンといった、当時のロシア楽壇を代表する作曲家たちと交流を深め、音楽的な知識を深めていきました。

ロシア音楽への貢献

1882年、ベリャーエフは、新進気鋭の作曲家アレクサンドル・グラズノフと出会います。この出会いが、彼の人生を大きく変えるきっかけとなりました。グラズノフの才能に魅せられたベリャーエフは、ロシア人作曲家の育成に力を注ぐことを決意し、材木商としての活動を徐々に縮小していきました。1884年には、グリンカ賞を創設し、ロシア五人組をはじめとする作曲家たちに賞金を授与しました。そして、1885年には、ライプツィヒに楽譜出版社「ベリャーエフ社」を設立し、グラズノフの《ギリシャの主題による序曲》を皮切りに、質の高い楽譜を出版し、ロシア人作曲家の作品を広く世に送り出しました。

ベリャーエフ社の楽譜は、作曲家が十分に報われるように、演奏権を完全に確保できるよう、丁寧に校訂され、作曲家には好条件の報酬が支払われました。このことで、ロシア音楽の普及に大きく貢献しました。ベリャーエフは、当初は自ら作品を選んでいましたが、次第にニコライ・リムスキー＝コルサコフ、リャードフ、グラズノフといった審査団と協議しながら、出版する作品を決めるようになりました。国民楽派の作曲家だけでなく、西欧的な作曲家、セルゲイ・タネーエフやアレクサンドル・スクリャービンも、ベリャーエフ社の事業に参加しました。

音楽サロン「金曜日の四重奏」

1885年には、ペテルブルクで「ロシア交響楽演奏会」を発足させ、1891年からは、自邸で毎週音楽サロン「金曜日の四重奏」(Les Vendredis) を開催しました。このサロンには、ベリャーエフの支援を受けた多くの作曲家が集まり、自作を披露しました。リムスキー＝コルサコフ、ボロディン、リャードフ、グラズノフは、共同で《B-A-Fの音符による弦楽四重奏曲》を作曲し、ベリャーエフへの感謝の気持ちを表現しました。また、アレクサンドル・コプィロフ、ニコライ・ソコロフ、スクリャービンも加わった共同作品《ロシアの主題による変奏曲》も知られています。これらの活動を通して、ベリャーエフは、ロシア音楽界の発展に大きく貢献しました。

その後

ベリャーエフの死後も、ベリャーエフ社は、第二次世界大戦までライプツィヒで営業を続けましたが、その後、ボン、フランクフルト・アム・マインへと移転し、1971年にはペータース社に経営が譲渡されました。しかし、ベリャーエフが残した功績は、今もなお、ロシア音楽史の中で語り継がれています。

ベリャーエフの活動は、単なる音楽愛好家の域を超え、ロシア音楽の発展に不可欠な役割を果たしました。彼の存在は、音楽に対する深い愛情と、芸術家たちへの惜しみない支援が、いかに文化の発展に貢献するかを示す好例と言えるでしょう。

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